逗子 トンネル。 見間違いだと信じたい、小坪トンネルでの出来事(神奈川県逗子市)

池子トンネル:神奈川の心霊スポット【畏怖】

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心霊スポットの古典ともいえる逗子市の小坪トンネルについて、東京都のA. Tさんからご投稿いただきました。 かなり恐ろしい思いをされたようですので、すぐに静音霊能者が遠隔霊視を行いました。 こんにちは、初めてお便りします。 自分がこのようなコーナーへ手紙を出すことになるとは、自分でも驚いています。 生まれて初めて霊のようなものを見ました。 逗子に住む友達の家に、別の友達が運転する車に同乗して遊びに行った時のことです。 友達の家近くのトンネルを通過しようとした時、私が座っている助手席側の車の横を人間のような形をした黒い影が車よりも早いスピードで通り過ぎていったのです。 運転している友達は全く気付かず、見たのは私一人でした。 車を追い越すと同時に消えてしまい、一瞬ゾクっとしましたが、何だったのかまったくわかりませんでした。 時間は、ちょうど薄暮という感じの夕方でした。 私は東京に住んでいて、そのあたりの地理に全く詳しくないので、あとから友達に聞いたところ、「そこは多分、小坪トンネルか新逗子トンネルのあたりだね」と言われました。 さらにその友達が逗子の小坪トンネルというのは心霊スポットで有名だよ、と言うので、すっかり怖くなってしまいました。 でもその友達は、毎日のように通るけど、一度も心霊現象に遭ったことはない、と言っていました。 私が見たのは霊だったのでしょうか? (東京都 A. Tさん) 霊視結果 結論から申しますと、A. Tさんが目撃されたのは、確かに霊の一種です。 ちょうど薄暮の時間帯は逢魔ヶ刻(おうまがとき)とも言いまして、この世とあの世の境が曖昧になる瞬間なのです。 ただしA. Tさんのことを過去霊視させていただいたところ、遭遇されたのは人間の霊ではなく自然霊です。 古くからこの土地に住む地霊と思われます。 たまたま波長が合って見えてしまったのでしょう。 特に気になさることはありません。 誰でも目の錯覚と思っているだけで、何かの拍子に自然霊を見てしまうということはよくあるのです。 さてこの小坪トンネルですが、はっきり申し上げてまったく霊的なスポットではありません。 何十年も前にある女性タレントがここでのショッキングな霊体験を告白してから有名になりましたが、私が今霊視した限りでも何もありません。 トンネルの上に火葬場があったり、鎌倉時代のやぐら(昔の墓)があったりと、心霊スポットとしての条件を備えているため、噂が大きく広がったものと思われます。 心霊スポットを霊のたまり場と決めつけて、むやみに怖がるのは止めましょうね。 どうぞA. Tさんも、これからも安心してお友達の家に遊びに行かれてくださいね。 どうかご安心ください。

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心霊スポット写真館 心霊スポット情報:神奈川

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小坪七丁目交差点から見た小坪隧道(左)と新小坪隧道 もともとは現在下り線(鎌倉市から逗子市方向)専用に使われている名越隧道・小坪隧道の2つが(明治16年)に竣工した。 これらは、地元の民間有志によって開削されたものであり、また、三浦半島()に作られた最初のトンネルであるとされる。 古来、湘南・鎌倉方面から三浦半島に入るには山越えの細い道しかなく、荷物の輸送には適さなかった。 (明治15年)、新道を公的に建設して欲しい旨の陳情が出されたが許可されず、このため、当時の小坪村の高橋安行、久木村の松岡富道の2名が発起人となり 、三浦半島各町村を巡って賛同者を募り、21村の64名から代表10名を選び「名越新道開鑿委員会」が発足した。 工事は鎌倉大町()側から始められ、名越隧道・小坪隧道の2つのトンネルを含む新道は、約半年の工事を経て完成した。 工費は当初の見積もりである約2000円(当時)を大きく越え、約3倍の6000円近く掛かったとされるが、ほとんどが地元の寄付金で賄われた。 名越隧道、鎌倉側入口脇にある土木学会推奨土木遺産の銘板 工事期間から見て、名越隧道・小坪隧道の2つは、当初は素掘りのトンネルであったと考えられるが、その後、おそらく大正年間にレンガ積みのトンネルに改装された。 現在、内壁は改修により覆われてしまったが、レンガ造りの入口のアーチ(ポータル)は残っている(ただし名越隧道の逗子側は改修工事によりコンクリートで延長され、レンガのポータルはわずかしか見えない)。 この2つのトンネルは、による「日本の近代土木遺産」に選ばれ、ランクB(県指定文化財クラス)と評価されているほか 、には「」にも選定された。 当初はまだ中間の逗子隧道はなく、道路は尾根をU字型に迂回する形であった。 U字の底に当たる地点から、小坪漁港方面に向かう分岐がある。 昭和41年、中間の尾根を貫く逗子隧道が通され、また、交通量の増加に対応して、1971 - 1972年(昭和46、47年)頃に上り線専用トンネルが掘られ、旧3トンネルは下り線専用になり、現在の6つのトンネル群の形態となった。 地域間の重要な道路であるため、交通量は深夜でも多い。 頃には大規模な改修工事が行われた。 2つの小坪トンネル [ ] 上記の 小坪トンネルとは、別のトンネルがもう一つある。 それはもっと海寄りの、鎌倉市材木座と逗子市小坪間にある。 正式名称もまったく同じ「小坪隧道」であり、さらに、これに海側に隣接する新道である国道134号線(湘南道路)のトンネルの「飯島トンネル」、および近くの「小坪海岸トンネル」と合わせて「小坪トンネル」と呼ばれることもある。 これらが、本記事で記述する名越隧道群と混同される場合がある。 こちらは1913年(大正2年)に開通したものだが 、なぜ同名が使われたのかははっきりしない。 なお、トンネル鎌倉側入口には付近のによって近年立てられた「隧道工事殉職者慰霊碑」がある。 「」も参照 通行止め [ ] 2019年9月、(台風15号)の影響で小坪隧道の逗子市側ポータル上の急斜面で土砂崩れ、倒木があり、トンネル出口が遮られたため、鎌倉方面から逗子方面への通行止めがあった。 通行止めは約2週間に及んだ。 交通 [ ]• JRまたはより[逗29系統]亀が岡団地循環か、[鎌30系統]名越経由鎌倉駅行きに乗車、法性寺もしくは緑ヶ丘入口停留所下車。 JR横須賀線・より京浜急行バス[鎌30系統]名越経由逗子駅行きか[鎌31系統]緑ヶ丘入口行きに乗車、緑ヶ丘入口停留所下車。 脚注 [ ] 注釈 [ ]• 後に高橋安行は近隣7村が合併()して出来た田越村(逗子市の前身)の初代村長となり、松岡富道は県会議員となった。 横須賀線の開通時、駅名を「逗子」としたのは高橋であったとされる。 (逗子市立図書館「季刊マーメイド」第22号(2019年7月1日)「明治16年のふたつのトンネル~名越隧道・小坪隧道~」) 出典 [ ]• 「逗子市住吉城址」逗子市教育委員会、1980年• , 神奈川 News Web , 2019-09-09 , の2019-09-11時点におけるアーカイブ。 , 2019年9月11日閲覧。 , , 2019-09-10 , の2019-09-29時点におけるアーカイブ。 , 2019年9月29日閲覧。 参考文献 [ ]• 逗子市教育研究所「わたしたちの逗子」(2000年版) 外部リンク [ ]• : この項目は、に関連した です。

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神奈川県 お化けトンネル(小坪トンネル)

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[広告] 幅6. 8メートル、総延長80. 5メートルの片側1車線で1963(昭和38)年に完成。 車道と歩道を分けたが、人がすれ違えないほど歩道の幅が狭く、地域住民から「暗くて危険」との声も寄せられたことから、市では2016年11月から工事を行っていた。 総工費は8億8,000万円。 新設により、車道は片側2. 3メートルから3メートルに、歩道は片側0. 6メートルから2メートルに拡張し、総延長は127メートルになった。 同日行われた開通式で、平井竜一逗子市長は「広くてきれいで安全に通れるようになったトンネルに親しんでほしい。 銘板の文字は正月休みに一日かけて書いたが、始点を漢字、終点をひらがなで書くことを初めて知った」と話し、テープカットの後、警察署長や工事関係者らとともに歩き初めを行った。 開通式に訪れた地元男性の一人は「暗くて怖かったがこれで安心して通れる。 今日は記念に写真を撮りに来た」と話す。 同トンネルの近くにあるパン店「And Bread」店主の篠原由美さんは「工事中は通勤途中などに寄ってくださるお客さまが減り、店が続けられるか心配だった。 迂回(うかい)路の渋滞にも悩んでいたが、予定より早く終わってよかった」と安堵(あんど)の表情を浮かべていた。 同トンネルは今後、照明設置工事などに伴い、9時~17時は片側交互通行、夜間は全面通行となる。 3月30日まで。

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