あばた も えくぼ 類語。 「あばたもえくぼ」とはどういう意味?使い方や例文を徹底解説!

痘痕も靨(あばたもえくぼ)の意味・例文・類語・対義語を徹底解説

あばた も えくぼ 類語

「痘痕も靨」の意味 「痘痕も靨 あばたもえくぼ 」とは、 ひいき目で見れば、どんな欠点でも長所に見えてしまうという意味です。 よく恋をした時の気持ちを表す時に使われることわざです。 ちなみに、「痘痕も靨」は、漢字で書くと、ムチャクチャ難しいので、「あばたもえくぼ」とひらがなで書くことが多いですよね。 「痘痕も靨」の由来 痘痕 あばた とは、 天然痘が治った後に残る小さなくぼみです。 現代は、天然痘が根絶されたので、痘痕のある人はいませんが、今でも、皮膚に小さな凸凹がたくさんある顔を「あばた顔」と言ったりします。 それに対して、靨 えくぼ は、 人が笑う時、頬に出来る小さなくぼみです。 えくぼがある女性は一般的にかわいいと言われています。 「痘痕も靨」は、そのような醜い痘痕 あばた があったとしても、可愛い靨 えくぼ に見えてしまうというたとえから来たことわざです。 恋をしている時は、 痘痕も靨で、相手のすべてが可愛く見えるものなのさ。 それはそれで幸せなことなんじゃないのかな。 という感じで「痘痕も靨」は使われたりしますが、他にもこういった使い方があります。 「痘痕も靨」の例文1 「いたずら好きの彼の性格は、 痘痕も靨なのか、とても可愛いいと感じてしまう。 」 あるバラエティ番組で、新婚夫婦のカップルを取材していたのですが、いたずらばかりを繰り返す旦那さんに奥さんが「そんな彼が可愛く見える。 」と話していたんですね。 その時、周りの人達は、みんな口をそろえて、「3年経ったら、絶対うざいと思うよ。 」と言っていました・・・ 「痘痕も靨」の例文2 「早く結婚したいというという気持ちが強すぎると、 痘痕も靨に見えて失敗する可能性が高いから、少し時間を掛けながらじっくり考えた方がいいよ。 」 惚れた時だけでなく、気持ちが焦った時にも「痘痕も靨」状態になってしまう時があります。 そういったこそ、冷静に考えることが出来るよう、少し間を置いたり、時間をかけることが大切ですよね。 「痘痕も靨」の例文3 「結婚した当初は、 痘痕も靨だったが、3年の月日が過ぎ去り、相手のあらゆることが気に障り始めた。 」 恋愛感情は、永遠に続くことは決してなく、時間の流れと共に確実に冷めていきます。 痘痕も靨に見える状態から、痘痕は痘痕に、もっとひどい場合は、靨が痘痕に見えることすらあります。 そうならないためにも、恋愛感情で引かれるだけでなく、無条件に相手を愛する気持ちを育んでいくことが大切だと思います。 「痘痕も靨」の類語 「痘痕も靨」には以下のような類語があります。 惚れた目には痘痕も靨 ほれためにはあばたもえくぼ :恋をして夢中になっている者には、相手の欠点まで好ましく見える。 禿が三年目につかむ はげが3ねんめにつかぬ :好きになってしまった人のハゲ頭は3年間は気にならない。 愛してその醜を忘る あいしてそのしゅうをわする :愛していれば、相手の醜いところを忘れてしまう。 屋烏の愛 おくうのあい :人を深く愛すると、その人の家に止まっている烏までいとおしく感じられる。 身内の欲目 みうちのよくめ :自分の希望などから実際以上に評価すること。 面面の楊貴妃 めんめんのようきひ :各人は自分の妻を、中国の楊貴妃のように美人であると思っていること。 恋は盲目 こいはもうもく :恋に落ちると、理性や常識を失ってしまうということ。

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「あばたもえくぼ」の意味を解説!類語や対義語に英語表現も紹介

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1 の方が書かれていることに尽きます。 「岡目」は「傍目」とも書けます。 「傍目」は「はため」とも読めますが、「はた」つまり「傍(そば)」から見ることです。 「八目」は、囲碁で、石8個分。 「岡目八目」で、傍から見ている者には、囲碁を打っている人の手が、「八目」つまり8手先まで見通せるということ。 そこから、「当事者でないから、客観的に見ることが出来る」という意味で用いられます。 「痘痕(あばた)もえくぼ」は、お分りかもしれません。 昔は疱瘡(ほうそう)という流行病(はやりやまい)がありました。 疱瘡は治ったにしろ、顔にでこぼこの痕が残ってしまいます。 それが、「痘痕」です。 そういう、痘痕みたいなものがあったとしても、惚れてしまうと、それがえくぼに見えてしまう、ということで、客観的に見ることが出来ない状態を言います。 だから、「岡目八目」と「あばたもえくぼ」というのは意味が対照的なので、「対義語」ということになります。 傍目八目について。 市販の辞書もこの誤りをしているのですが、八目=八手 は明らかな誤りです。 囲碁を少しも知らない人の言としか云えません。 囲碁で「目」と云えば、石を置くところ、或いは石の数です。 「子」と云う字を使う場合もあります。 八目=八手先と云うのは、囲碁の用語しては誤りです。 一手に一目ではないかと云うのは、この場合当て嵌まりません。 一手で相手の石を何目もとる場合があるからです。 囲碁は、実力の違う人同士で打つ場合には実力が下の人ははじめに碁盤に幾つか石を置かせてもらえます。 一つおけば「一目おく」です。 これは「俺は彼に一目置いているんだ」等と云う言い方がありますが、語源はここから来ています。 八目と云えば大変の実力の差です。 一目は一段或いは一級の差なのですから。 が、諺として傍から見ていれば実際に自分で撃つよりも遥かに良い知恵が出るものだと云う事と口調が良いので八目になったのでしょう。 一目や二目ではなんだだろうですし、五目では(口が悪いのは)寿司かでしょうし・・・。 将棋の場合は上級者がコマを落として行きますが、囲碁は碁盤の上の目を多く取った方が勝ちなので、上級者のハンディとしてこの方法がとられます。 別説に、八目も余計に有利の打ち方が見えると云う説もあります。 あそこに打っても二目にしかならないが、ここなら十目はとれると云う事です。 全体としては、既に回答があがっている通りです。 ただ、囲碁の用語の説明に難点があるだけで趣旨は同じです。 「痘痕も靨」も可也誇張した表現です。 恋は盲目と云う訳です。 「傍目八目」は傍に居る人間には、大局が見えている、先が読めると云う事です。 (派生して、傍のやつがあれこれと煩い脇助言をすると云う意味合いを持たせる場合がありますが、「場合がある」でいつでもではありません) とは云え「痘痕も靨」と「傍目八目」とを対義語とするのは回答者には少し苦しいなと思えます。 (無理やり連れてきたの感があります).

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「あばたもえくぼ」とは?意味や類語5選!漢字の書き方やことわざも

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「あばたもえくぼ」の意味と語源 「あばたもえくぼ」は「短所も長所に見える」の意味 「あばたもえくぼ」の意味は、「人が恋をすると、相手の短所も長所に見えてしまうこと」のたとえです。 人が見て悪いと思えることもよく思えてしまうという恋愛の心理を表しています。 また相手の短所さえ好ましいものに見えてくるという意味もあり、恋をすると相手のすべてが好きになってしまうという気持ちをたとえています。 漢字では「痘痕も靨」 「あばたもえくぼ」を漢字では「痘痕も靨」と表します。 ですが、「あばたもえくぼ」を漢字で漢字で書き表すことはあまりなく、ふつうはひらがなで「あばたもえくぼ」と書き表します。 「痘痕」の「痘」はかつて世界的に猛威を振るった病「天然痘」のことで、「痕」は「傷のあと」のことです。 「痘痕」を「とうこん」と読むこともできます。 「あばたもえくぼ」の語源 好きな人の「あばた」さえもかわいい「えくぼ」に見えてしまうことから生まれた「あばたもえくぼ」ですが、「あばた」とは特に天然痘が治った後に皮膚に残る小さなくぼみのことです。 天然痘が流行した当時は強い感染率で致死率も高かったのですが、1980年にWHOは天然痘は全滅したと発表しています。 そのため「あばた」は現在は存在しないのですが、この時の名残から、傷跡や吹き出物を「あばた」と呼ぶこともあります。 決して印象のよくない「あばた」に対して「えくぼ」は、笑った時に頬にできる小さなくぼみでかわいらしい印象を与えます。 同じくぼみでも「あばた」と「えくぼ」では人に与える印象は真逆と言えるでしょう。 「あばたもえくぼ」の使い方と例文 「あばたもえくぼ」は本当の恋愛をしている証拠 心から誰かを好きになってしまったら、相手の短所も素敵に見えてしまうというのが恋愛の極意ではないでしょうか。 そんな私たちの心理状態を表しているのが「あばたもえくぼ」ですので、人が恋をしているときに使われます。 「あばたもえくぼ」を使った例文• 「人が恋に落ちるとき、あばたもえくぼになりやすく、好きなタイプなんて関係がなくなる」• 「好きが愛しているという段階になるとき、あばたもえくぼになってその人が最高の人に見えてくる」• 「あばたもえくぼに見えるように、惚れた相手は非難の対象にはならないよ」• 「彼女は太っていることを気にしているけど、僕にとってはあばたもえくぼだよ」• 「音痴に聞こえるって?僕にはそうは聞こえないよ。 あばたもえくぼで彼女の歌は素晴らしい」 「あばたもえくぼ」の類語 「あばたもえくぼ」に関する類語を調べてみると、たくさんあることに気づかされます。 深い愛情を表したことわざは、昔から数多く存在しています。 「愛してみれば鼻欠けもえくぼ」(あいしてみればはなかけもえくぼ) 愛していれば、相手の醜い部分さえ美しく見えるという意味。 「屋烏の愛」(おくうのあい) 人を愛するとその人が住んでいる家の屋根に止まっている烏(からす)さえいとおしく見えてくるという意味。 「愛してその醜を忘る」(あいしてそのしゅうをわする) 愛すると、相手の欠点が見えなくなるという意味。 「禿が3年目につかぬ」(はげがさんねんめにつかぬ) 相手を愛すると、相手の禿げ頭も3年は気にならないという意味。 「惚れた欲目」(ほれたよくめ) 好きになった相手ことはひいき目に見てしまい、短所も長所に見えるという意味。 「面々の楊貴妃」(めんめんのようきひ) 好きになると、相手の欠点が見えなくなり美しく見えるという意味。 「あばたもえくぼ」の対義語 「あたばもえくぼ」の対義語となるのが、以下の2つのことわざです。 「親が憎けりゃ子も憎い」(おやがにくけりゃこもにくい) 親が憎いと、罪のないその子供まで憎く思えてしまうことのたとえ。 「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」(ぼうずにくけりゃけさまでにくい) その人が憎いと、その人の身の回りのものすべてが憎く思えてしまうことのたとえ。 「あばたもえくぼ」を英語では何と言う? 「あばたもえくぼ」という恋愛感情は国境を超えるのでしょう。 英語にも「あばたもえくぼ」と同義の英語表現があります。 まとめ NMB48からの派生ユニット「ふぅさえ」の歌の歌詞にもあるように、「あばたもえくぼ」は恋愛をすると相手の短所も長所に見えてしまうという恋愛心理を表しています。 その気持ちは古今東西変わらないようで、「あばたもえくぼ」はこれからも使われる機会の多いことわざかもしれません。

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