宮本信子。 宮本 信子

宮本信子の息子は長男が池内万作で俳優。画像は?次男は池内万平

宮本信子

是枝裕和監督の新作映画『真実』の日本語吹替版キャストが発表された。 10月11日から公開される同作は、『万引き家族』で『第71回カンヌ国際映画祭』パルムドールを受賞した是枝監督にとって初の国際共同製作映画。 国民的大女優ファビエンヌによる自伝本『真実』の出版祝いに集まった家族たちが、母と娘の間に隠されたある「真実」を知ることになるというあらすじだ。 ファビエンヌ役にカトリーヌ・ドヌーヴがキャスティングされているほか、ファビエンヌの娘リュミール役のジュリエット・ビノシュ、リュミールの夫ハンク役のイーサン・ホークらが共演。 日本語吹替を担当するのは、宮本信子、宮崎あおい、『万引き家族』にも出演した子役の佐々木みゆ。 宮本信子はカトリーヌ・ドヌーヴ演じるファビエンヌ、宮崎あおいはジュリエット・ビノシュが演じるリュミール、佐々木みゆはリュミールの娘・シャルロット役を演じる。 日本語吹替版は字幕版と同日の10月11日から劇場公開される。 是枝裕和監督のコメント 宮本さんの凛とした声と、背筋のピンとした佇まいは、まさにカトリーヌさんにぴったり重なると思いましたし、宮崎さんは声のお仕事もご一緒させて頂いたことがあるのですが、その繊細な表現力はもう、唯一無二だと思ってましたので、ビノシュさんとの年齢差は気になりませんでした。 ダメ元で僕から提案したお二人が、お二人とも、思いがけずお引き受け頂けて、監督としてこんなに嬉しいことはありません。 もう一つの『真実』に出会うのを僕自身楽しみにしています。 宮本信子のコメント 洋画の吹き替えは初めての事なので、出来るかどうかとても不安で正直悩みました。 でも是枝監督からお声掛け頂いたのですから、受けて立たなくては宮本信子はダメだわ!と思いまして。 「どうなるか分かりませんが、一生懸命やらせていただきます」とお伝えさせていただきました。 真実は一つではないですし、それを『一つであるべきだ』ではなく、色んな風に見られるんだよと言ってくれるような作品だと思います。 宮崎あおいのコメント 初めてのことに、何をどうしたら良いのか不安いっぱいでスタジオに入ったのですが、始まってみたらとても楽しく…自分がジュリエット・ビノシュになったかのような幸せな錯覚を味わいながらの贅沢な時間でした。 また新しい形で是枝監督の作品に関わらせていただけたこともとても嬉しかったです。 佐々木みゆのコメント 吹き替えのお仕事をするのは私のあこがれだったので、是枝監督からお話をもらったときはとてもうれしくて不思議だなーと思いました。 初めてなので、さいしょはちゃんとできるかな?と心配だったけど、シャルロットちゃんの役ができるチャンスは一回しかないからぜったいやります!と言いました。 夢がかなって、今もとても幸せな気持ちです。 シャルロットちゃんは明るくて元気な女の子なので、吹き替えのときもたくさん笑って楽しかったです。

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宮本信子「子供はいらない」と主張する夫・伊丹十三をこうして論破

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2018年2月5日(月)のテレビ朝日・徹子の部屋は宮本信子です。 宮本信子は、朝ドラの「あまちゃん」の祖母・夏ばっば役や 「ひよっこ」の洋食屋「すずふり亭」の女将役で再ブレイクして いますね。 若い頃は、20年前に亡くなった夫で映画監督の伊丹十三監督の作品 である、映画『お葬式』や『マルサの女』で一世を風靡した大女優 です。 2014年には学問や芸術、スポーツなどで功績を残した人に贈られる 紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章しています。 そんな宮本信子が、徹子の部屋で、ご主人や息子さんの思い出話を するというのです。 ご夫婦のことは有名ですが、息子さんのことは全然知りませんので まずは息子さんたち、ご主人、宮本信子の順に調査します。 血液型はO型。 身長180cm、体重67kg。 父は伊丹十三、母は宮本信子。 祖父は伊丹万作。 大江健三郎は叔父。 東宝芸能所属。 1991年に卒業後1992年にロンドンへ渡り、3年間演技と脚本 を学んで帰国。 1995年に映画『君を忘れないで』で俳優デビューしています。 その後はドラマや映画を中心に活動。 代表作が多数あります。 最近ではコラムの連載、朗読や音楽番組の配信など、多方面 で活動中です。 自身のホームページでもユーモアがあふれ、サービス精神 旺盛な才能を発揮しているそうです。 (参考:東宝芸能オフィシャルサイト) ユーモアと言えば 池内万作さんは、アウトデラックスで裸足(はだし)で走る俳優 と紹介された通り、裸足で走るのが好きなようです。 筆者の息子も裸足が好きで、小学校時代、上履きをはかずに教室 内を走り回っていました。 それを見た担任の女の先生から「息子さんが裸足で歩き回るので 上履きを学校に持って来て下さい。 ケガをすると大変ですから」 と電話がきました。 「少し位ケガをしてもいいですから、構わなくていいですよ」 と答えると、それ以来電話は来なかったですね。 でも高学年になった頃から上履きを履くようになりましたよ。 池内万作さんもユニークな息子さんのようです。 そんな池内万作さんが2016年に、WEB音楽番組「MUSIC SHARE」の 代表の本田みちよさんと結婚なさっていますが、奥様もきっと ユニークな方じゃないかと思われます。 次男の池内万平 いけうち まんぺい)は、万作の作を平にしたのでしょうか。 伊丹万作は「無法松の一生」の脚本で有名な作家であり挿絵家や 映画監督でもある偉大な人だったそうです。 伊丹十三は父親の伊丹万作を尊敬していて万作の名前を長男に 付けたのではないでしょうか。 それにしては次男の名付けは安直な気もしますが。 ノーベル文学賞受賞作家である叔父の大江健三郎の名前をとって も良かったのでしょうが、偉大すぎたのかもしれませんね。 それにしても池内家(伊丹家)はすごいですね。 ・1984年 「お葬式」次郎役 ・1985年「タンポポ」ターボー役 しかし、「タンポポ」の撮影の時、 助監督に 怒鳴られすぎた のが原因らしく、 芸能界に興味がなくなったらしいです。 でもお父さんの伊丹十三は俳優を怒鳴ることなどなかったそう ですから、本当に俳優になりたければ、監督に怒鳴られたの ではないのですから、耐えられると思うのですが。 あまり俳優には興味がなかったのだと思われます。 現在は、伊丹プロダクションの代表取締役として伊丹十三記念館 ・館長の宮本信子さんを助けています。 俳優よりは、そちらの方が向いているのでしょう。 今は一般人になったせいか、池内万平の詳しいプロフィールは ウィキペディアには出ていませんね。 戸籍名は池内 義弘だが、家庭では岳彦と呼ばれて育った ため、本名・池内岳彦とされる場合もある。 映画監督の伊丹万作は父。 女優の宮本信子は妻。 長男は池内万作。 次男は池内万平。 すると、池内家は代々、男子の名前に「義」を入れるのが習わし だったので、伊丹十三の祖父の強い意向で、義弘と命名された のですが。 父の伊丹万作(本名 池内義豊)は岳彦と命名する予定だった ので、家庭では「岳彦」「岳ちゃん」と呼ばれていたのだ そうです。 さすが、変わった人々で成り立っている池内家です。 こういう家庭から、偉大な人物は現れるのですね。 よくあることですね。 しかも、プロフィールにもあるように伊丹十三はその時 すでに川喜多和子と結婚していました。 紹介されての結婚だったそうです。 なので、離婚して宮本信子と再婚したのです。 大変なスキャンダルだったでしょうね。 伊丹十三は宮本信子の才能を高くかっていて 「妻はいい女優なのに、なかなか主役の話が来ない。 ならば彼女を主役にした映画を自分で撮ってしまえば良い」 と語り、俳優やデザイナーだった伊丹十三は、妻のために 映画監督に転身したとのうわさです。 実際伊丹十三監督は、女シリーズなどで宮本信子を主役にした 映画をたくさん制作、自分の制作する映画にはすべて 宮本信子を出演させています。 伊丹十三は1997年にビルから飛び降りて自殺したことになって いますが、殺されたといううわさもあり、真実はわかって いません。 残念でした。 宮本信子の年齢を調べたついでにプロフィール も書いておきますね。 北海道小樽市生まれ、 愛知県名古屋市育ち。 愛知淑徳高等学校卒業。 夫は伊丹十三。 長男は池内万作。 所属事務所は東宝芸能 (1990年から)。 文学座附属演劇研究所に入所。 父の従兄弟(いとこ)で俳優の千秋実さんの付き人を しながら演劇の勉強をしたのだそうです。 そのとき、黒柳徹子さんも同じ文学座で学んでいて、 宮本信子さんは12歳年上の黒柳徹子さんが大人の 女性として輝いているのを見てあこがれていたそうです。 徹子の部屋では、文学座当時の2人の写真が紹介される そうです。 50年ぐらい前の若い時の写真ですね。 20 宮本信子 朝ドラ「ひよっこ」で人気 YouTube 宮本信子のくわしいプロフィールも出ています。 若いころから美人でしたね。

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宮本信子の映画作品

宮本信子

『写真:AFLO』 女優の宮本信子が、2月5日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に出演し、夫である故・伊丹十三について語っていた。 宮本は「伊丹さんは(美意識の)厳しい人でしたから。 気にいるように、なんとかついていくのが(大変だった)」と発言。 司会の黒柳徹子が「帰宅時間を聞いちゃいけなかったんでしょ?」と質問すると、「聞いちゃいけないんですよ。 『聞くもんじゃない』と。 私が『晩御飯は何がいいですかね』と言うと、(それも)『聞くもんじゃない』」と明かしていた。 映画『マルサの女』(1987年)では、バイクを運転するシーンのために、実際に宮本に免許を取らせたというから、監督のこだわりの強さがわかる。 黒柳に促された宮本は、2人が出会ったいきさつについてこう語る。 「NHKの『明日の家族』っていう番組がありまして。 (伊丹が)ディレクターの人と、『どっちが先にお茶を誘うか』ってことで賭けをしたらしいです。 それがはじめ。 だから『お茶はけっこうでございます。 今日は早く帰ります』って(2人を断っていた)」 本人が「大変な時期もあった」と振り返る結婚生活だが、ただ一つ宮本の意見が通ったことがあるという。 「私は『子供が欲しい』と言いました。 (でも彼は)『いらない。 自分に似たような子はいらない。 自分が嫌いだ』って言うんですね。 そのころ(夫は)『世界は人口が増えていて、増え続けると食糧難になる』って心配していて、『だから子供はいらない』とも。 (私は)『でもね、(将来)2人死ぬでしょ。 2人死ぬから2人はいいんじゃないですか』って言って。 それで『うっ』ってなって、私が勝ったんです。 1977年には、『徹子の部屋』に5歳になる長男と2人で出演している。 映像の中で、隣に座る息子を眺める伊丹の姿からは、気難しそうな映画監督の顔はまったく伺えない。 でも、もう途中でやめた。 そういうふうにやってもなかなかうまくいかない」と語っていたという。 天才・伊丹十三も、子育てには苦労したようだ。 更新日:2018年2月13日 提供元:.

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