足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件。 皆川忍・朋美 判決公判|tk84yuki|note

ノンフィクション作家・石井光太が迫る、虐待家庭の闇『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち~』|日刊サイゾー

足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件

上の画像をクリックするとHONZのサイトへジャンプします 『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』。 この本のタイトルだけを見れば、自分には理解できない種類の人たちが、目を覆いたくなるような行為ばかり繰り広げる内容と思われるかもしれない。 だがその予想は、大きく裏切られることになるだろう。 本書で紹介される3つの事件は、実子への虐待、殺人、死体遺棄などで世間を賑わせたものばかりである。 厚木市幼児餓死白骨化事件、下田市嬰児連続殺害事件、そして足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件。 本書はこれらの事件の詳細を、丁寧に追いかけたルポルタージュである。 ネグレクト、DV、嬰児殺し。 この手の事件が起これば、その親たちは「鬼畜」と呼ばれ、その非道な行為は瞬く間に広まっていく。 だが、犯人たちは、いずれも法廷でこう述べた。 「愛していたけど、殺してしまいました」と。 それはある意味において真実であり、量刑を軽くするための言い逃れからくるだけの言葉ではなかった。 彼らは方法も感覚も大きく間違えていたが、心の底からそう思っていたフシも伺えるから話は複雑なのである。 それならば、なぜ彼らは虐待を続け、そして子供たちは命を奪われることになったのか。

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ノンフィクション作家・石井光太が迫る、虐待家庭の闇『「鬼畜」の家~わが子を殺す親たち~』|日刊サイゾー

足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件

この節のが望まれています。 出身で、、を経てにに入庁する。 本部生活安全部長、本部警務部長、内閣参事官を歴任する。 警察庁在職中にの受験をこころざし、に4回目の受験で合格する。 5月に警察庁を辞して8月にしてに入所し、2008年7月に後藤コンプライアンス法律事務所を設ける。 7月のにから比例代表で立候補するが落選する。 活動 [ ] を改正し、のや、後藤いわく「」とする18歳未満のの性描写を含んだや、の製作と販売の禁止を訴えている。 の委員として、18歳未満のキャラクターの性描写を含んだマンガやアニメを青少年に販売することを禁止する、改正案(2010年)の草案作りに携わった。 にで開催されたの会議で、司会者から「大国から1人でやって来た勇敢な人物」と紹介されて各国の捜査関係者らに頭を下げる他に無かった経験から、児童ポルノに反対している。 死ゼロをめざして35000人の署名と要望書を総理大臣へ提出するなど、児童虐待防止に必要な法改正を働きかけている。 主義・主張 [ ] 9月のの記事で、児童虐待防止に以下を述べた。 虐待抑止に最も効果的なのが児相と警察の情報共有と連携の強化である。 しかし、情報共有も連携しての活動もほとんどない。 昨年に東京都足立区でウサギ用ケージに3歳児を監禁し虐待死させた事件では児相は十分な家庭訪問をせず、警察に通報したのは殺害された1年以上も後だった。 当初から情報共有し連携して家庭訪問していれば悲惨な虐待死は防ぐことができた。 この事件の起訴直後に東京都に要望書を提出したが、それでも情報共有は進まない。 役所は縦割りで、他機関の関与を嫌う。 あるいは情報共有すると責任を負うことになると懸念する。 子どもの命など眼中にないようだ。 通報があって1回だけ訪問して虐待がなくなるわけがない。 虐待にはそれぞれの家庭事情がある。 虐待のエスカレートを防ぐには、数多く訪問して子どもの安否を確認し、親を指導・支援する必要がある。 しかし児童福祉司1人当たりが抱える虐待は約140件に上る。 児相の職員は少なく、ほとんどが家庭訪問すらできない。 英国や米国の児童相談所にあたる児童保護部局は日本の児相の20~30倍の体制を整えた上で、虐待情報を警察と全件共有し原則共同で活動している。 子どもへの虐待は一機関だけで対応できるほど甘いものではない。 2016年5月成立の改正児童福祉法・児童虐待防止法には、厚生労働省と警察庁の反対で児相と警察の情報共有を盛り込むことができなかった。 ただ各党に働きかけた結果、参院厚生労働委員会が「漏れなく確実に(情報)共有されるよう必要な検討を行う」という付帯決議を全会一致でつけてくれたのが救いである。 そもそも児相と警察の情報共有は自治体でできる話だ。 高知県は2008年から実施している。 著書 [ ]• 『会社法・施行規則が定める内部統制 取締役会・取締役・監査役のための実務対応』(、2006年)• 『企業コンプライアンス』(、2006年)• 『なぜ被害者より加害者を助けるのか』(、2008年)• 『リスク要因からみた企業不祥事対応の実務』(中央出版社、2008年)• 『日本の治安』(、2009年) 脚注 [ ].

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あの親たちは鬼畜ではない。殺された子は親を愛し、虐待した親も子を愛していた

足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件

前回のブログでは、親の無意識の行動が、子の無意識に伝承されるという側面から「幼児餓死白骨化事件」と「幼児餓死白骨化事件」について検討してきました。 今回のブログでは、「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」についても、同様の側面から検討してみたいと思います。 忍を幼いころからよく知る人物は、「忍君はその母親をコピーしたのかって思うぐらいそっくりな人間なんですよ」(『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』 1)197頁)と語っています。 忍の母親は、夜の町で奔放な生活を送り、キャバレーでホステスとして働きました。 彼女は2人の男性との間に5人の子どもをもうけましたが、すべて出産直後ににあずけて、一切の養育を放棄しました。 彼女は子どもがから一時帰宅しても相手をしようともせず、子どもたちが学園からもらった小遣いを巻き上げ、自分の遊びに使いました。 彼女は子どものうちで、忍だけを唯一かわいがりました。 しかし、その仕方は子どもに対してのものではなく、夜の町を連れ歩いて明け方まで飲み歩いたり、恋人に引きあわせたりしました。 そして数日一緒に過ごすと、まるでおもちゃに飽きたかのように態度を豹変させ、忍を施設に追い返しました。 中学を卒業すると、忍は母親に引き取られました。 しかし、彼女はで働き、男との関係も忍にひけらかしました。 帰ってくるのは毎日深夜で、弁当どころか食事もろくに作ってもらえませんでした。 忍の母親は、子どもをどのように捉えていたのでしょうか。 唯一かわいがられた忍でさえ、一緒に飲み歩く友人のように扱われていました。 しかし、数日一緒に過ごすと、まるでおもちゃに飽きたかのように、忍を施設に追い返しました。 このように彼女は、自分の子どもを子どもとして捉えていないのはもちろん、個性ある人間としてではなく、まるでペットのように扱っていたのだと言えるでしょう。 忍も自分の子どもたちに、同様の態度で接しました。 次々と子どもを作ったのは、費を増やすためでした。 次男が家の中を散らかして暴れたため、ウサギ用ケージに入れました。 次女が言うことを聞かなかったときは、犬用の首輪でつないで殴りました。 次男が何度注意しても叫ぶのをやめないときには、口にタオルをくわえさせて頭の後ろで縛りました。 そのことが原因で次男が窒息死した後には、バレないように遺体を棄てました。 こうした行為は、自らの子どもに対する行為とは言えないのはもちろん、子どもを一人の人間としてではなく、まるでペットのように扱っていたのだと言えるでしょう。 朋美の母親は、幼いころから素行が悪く、行く先々で問題を起こすような子どもでした。 彼女はホステスとして働くようになり、ホストとの間に朋美ともう一人子どもをもうけて結婚しましたが、一緒に暮らすこともないまま1年余りで離婚しました。 離婚後すぐに別の男性と結婚し、3人の子どもをもうけました。 彼女は粗暴な性格からどこでも誰かと衝突してしまい、同じところにいられなくなって5回も住む場所を替えたといいます。 朋美が都立のに進学したころ、母親が莫大な借金を作っていたことが露呈し、夫から離婚されました。 こうした母親の行動は、朋美に次のように伝承されました。 一つはホステスという職業に就き、ホストの男性と結婚したことです。 自分の職業と結婚相手の職業が母親と同じであったことは、偶然とは言えないでしょう。 母親は幼いころから素行が悪く、行く先々で問題を起こすような子どもでした。 そして、粗暴な性格からどこでも誰かと衝突してしまい、同じところにいられなくなって5回も住む場所を替えたといいます。 素行の悪さの内容や、粗暴な性格からどのような衝突を起こしたかは本には書かれていませんが、こうした行為は、朋美の中で具体的な問題行動になって現れます。 朋美は高校2年生ときに、付き合っていた先輩に妊娠したと嘘をついて中絶費用をだまし取る事件を起こします。 結婚後仕事をやめ、を受けて児童手当や子育て世帯臨時によって生活するようになったことは、仕事をせずに金を手にする方法を見つけ出したと捉えられるでしょう。 さらに、朋美はで障害者2級と診断されていたようですが、近所の人や、忍と朋美の母親の証言によると、の疑いが強いと考えられます。 このように朋美の母親の素行の悪さは、朋美には犯罪や犯罪に類する行為として伝承されました。 そして、それはさらに、自らの子どもの虐待、殺人、へと連なっていったのだと思われます。 わが子を人間として認識できない それにしても、なぜ虐待は、倫を超えて時に殺人にまで至ってしまうのでしょうか。 そして、わが子を殺してしまった親たちが一様に、「愛していたけど、殺してしまいました」と述べるのはどうしてでしょうか。 人の社会には、秩序を守るために殺人のタブーが存在しています。 このタブーによって、激しい憎しみを感じても、通常は相手を殺してしまうことはありません。 ましてや愛している子どもを殺すことなど、想像することすらできないはずです。 しかし、もし親が子どもを殺害できるとしたら、それは子どもを人として認識していないからでしょう。 人でないと認識すれば、意識の上では殺人のタブーには触れないからです。 夫婦が5歳の子をアパートに放置し、死に至らしめたうえ7年間も放置していた「幼児餓死白骨化事件」では、妻の知人は次のように述べています。 「私、愛美佳と齋藤君は子供を産んじゃいけない夫婦だったて思っているんです。 あの二人はハア?って思うぐらい未熟で、傍で見ていても、『本当にご飯つくって食べさせてあげられるの?』とか『オムツ取り換えてあげられるの?』っていうレベルなんですよ。 齋藤君とかボーッとしてるだけでなにも考えてないし、愛美佳は初めはがんばろうとして途中でダメになっちゃった。 普通だったらそれでも親としての最低の責任感みたいなのがあって、実家とか行政に相談して子供だけは何とかしようとするじゃないですか。 そのため「クワガタ」を愛して、「クワガタの飼育」のように熱中できるときもあれば、自分たちの事情で飼育を投げ出してしまうことも可能だったわけです。 また、夫婦が3歳の次男をウサギ用ケージに監禁したうえ、騒ぐ子どもにタオルを咥えさせて窒息死させた「足立区ウサギ用ケージ監禁虐待死事件」 では、ウサギ用のケージに監禁すること自体が、子どもをペットと同じレベルで認識していたことを示しています。 2歳の次女が犬の首輪で拘束されていたことも、それを裏づけています。 先に検討したように、子どもをペットと同じレベルで認識していたのは、被害者の祖母の代から始まっており、それは被害者の父親にも伝承されていました。 周囲に隠して二度にわたって出産したうえ、嬰児の遺体を天井裏や押し入れに隠した「嬰児連続殺害事件」では、生まれたばかりの子どもは、人として認識されていなかったのだと思われます。 だからこそ、出産した子どもを発泡スチロールの箱や衣装ケースに入れ、自宅の天井裏や押し入れに隠すことができたのです。 このように、親たちは自らの子どもを、ペットやものと同じレベルで認識し、そしてペットやものとして愛していました。 そして、自分たちの都合で、ペットやものとして棄て去ることもできました。 このように彼らは、子どもをペットやものとしか認識していなかったために、「愛していながら殺してしまう」ことが可能だったと考えられます。 子どもを子どもとして理解できない では、なぜ彼らは、子どもを子どもとして認識できなのでしょうか。 以前のブログで、赤ちゃんがお母さんと離れる時間が多くなると、赤ちゃんの精神世界の中では、お母さんとの間に時間的にも空間的にも何も存在しない空虚な間隙が出現することを指摘しました。 そして、この精神世界の空虚な間隙を埋めることができないと、「心の中にぽっかり穴が空いている」状態が生じることを検討しました。 これをのシェーマで捉えると、次のようになります。 図1 図2 図1は、子どものこころの中に、空虚な間隙が残ったままの状態を現わしています。 この状態では慢性的な不安感、空虚感が持続するだけでなく、母親を中心とした対象世界と、相互のコミュニケーションを充分に取ることができません。 そこでこの間隙を埋めるために、趣味や遊び、理想の他者、宗教や哲学や芸術、さらには依存や強迫や妄想に没入するといったさまざまな手段がとられます。 それでもこの空虚な間隙は埋められるとは限らず、こころの中にぽっかりと空いた穴は、常に見え隠れしています。 図2は、こうした精神世界を持ったまま成長し、自らが親の立場になった場合を示しています。 こころの中に空虚な間隙が存在したままの親は、子どもと相互のコミュニケーションを充分に取ることができません。 コミュニケーションが取れなければ、相手を理解することはできません。 その結果として、自分の子どもを子どもとして、そして個性をもつ人間として理解できなくなることが起こります。 次の世代になると、こころの空虚な間隙は、さらに大きくなって顕在化することが起こります。 この関係を示したのが、次のシェーマです。 世代が進むにつれ、こころにぽっかりと空いた穴は大きくなり、親子間のコミュニケーションは困難になり、人間的な交流は失われていきます。 わが子を虐待し、殺してしまう事件は、こうして現実のものとなると考えられます。 では、この負の連鎖を、どこかで断ち切ることはできないのでしょうか。 次回以降のブログで検討したいと思います。 (続く) 文献 1):「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち.新潮社,東京,2016. akihiko-shibata.

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