樹木 希林 本。 樹木希林名言の本はある?恋愛や結婚に関する価値観がスゴすぎる!

「樹木希林の子育てはすごかった」内田也哉子×中野信子対談 #2

樹木 希林 本

文/印南敦史 十数年前、樹木希林とこんな会話をした。 本というのは、雑誌を含めて、溜りだすとすぐ大繁殖して家のなかを汚す。 自分の家は、いつも整理整頓、余分なものはなにも置かない、絵も写真も飾らない主義の希林さんに、本をどういう具合にしているのか、とたずねた。 答えは簡単だった。 「百冊以上は、家に置かないの。 あたらしく気に入った本、手元に置きたくなった一冊がでてきたら、百冊のなかの一冊を、人にあげてしまうの。 だから、いつも百冊」という返事だった。 ジャンル関係なく、自分の気に入った本しか読まない、大読書家で大女優のシンプルな考え方による蔵書システム。 (本書「まえがき」より引用) 『希林のコトダマ』(椎根和 著、芸術新聞社)の著者は、本書の冒頭にこう記している。 「平凡パンチ」「popeye」「anan」に関わった編集者であり、「Hanako」など雑誌創刊の編集長を歴任した経歴を持つ文筆家である。 樹木希林さんとは家族ぐるみのつきあいがあったという著者は、希林さんの一周忌が終わった直後、娘の也哉子さんに無理を承知でお願いをする。 希林さんの100冊の蔵書をすべて読みたいと。 そして残された100冊のうち98冊を読んでみて、18歳のころから亡くなるまでの57年間に希林さんが手元に保存した本が、ひとつの赤い線でつながっていたことを知る。 簡単にいえば、希林が、「ことだま(言霊)」を感じた本しか保存しなかったということ。 コトダマとは、ことばに宿っている不思議な霊感を感ずること。 日本人は、大昔からそう信じていた。 昔の人は、ことばの霊妙な働きによって幸福がやってくる、とも考えていた。 なにか文章を頼まれると、希林は、「神(かん)さびの梅」などと、コトダマをこめた新語を考えだした。 当然ながら借り受けた100冊からもそのことを実感できたが、古事記から現代にいたるまで、守備範囲は広範だ。 鈴木大拙『仏教の大意』も、水道橋博士『藝人春秋』も、内田裕也『俺はロッキンローラー』も、98冊すべてがコトダマを内在した書物として均等な価値を持ち、希林さんの人生のどこかの地点で、希林さんの価値観のどこかに影響を与えたということなのだろう。 そんなことに想いを馳せながら、本書のページをめくる作業はそれだけで楽しい。 「なぜ、この本に関心を抱いたのだろう?」と考えてみれば、いままで知る由もなかった樹木希林という女優の本質が多少なりとも助けて見えてくるような気もする。 また、蔵書にはところどころ書き込みも入っているようで、それらに関するエピソードも興味深い。 たとえば乗松祥子『宿福の梅ばなし』の表紙についた帯には、「たかが 梅のはなしと 思うでしょうが、人間の手で 地球が 変形して きている今 一家に一冊、おいてみては どうでしょう。 樹木希林」というコピーが自筆で書かれているそうだ。 なんともかわいらしい、人間味にあふれた文章とは言えないだろうか。 感銘を受けたからに違いないが、「保存版」となっていたのはこの一冊だけしかなかったらしい。 この新書版は、水分を吸ったようにふくらんでいた。 仕事で外へ行く時も持って行ったのだと思う。 (本書75ページより引用) ちなみに養老孟司さんは、希林さんと初めて会ったときのことをある本に書きとめているそうで、ここでもその内容が解説されている。 希林は長時間のスタジオ撮影で、疲労してしまい、待ち時間にソファに横たわっていました。 そこへ先生がやってきて会話がはじまる。 希林は、ソファに横たわったまま。 養老先生は、その姿に感動する。 ココロは元気なのに、カラダが弱っている状態でした。 カラダは、物質からできていますが、自然なモノともいえます。 自然は枯れたり、しおれたりするものです。 希林は、その疲れたカラダを、なんの気取りもなく、自然そのままに見せた。 それが養老先生を感動させたのです。 選書の仕方にしても、さまざまな書き込みにしても、ひとつひとつがすべて自然体だからだ。 樹木希林という女優の残像を意識しながら、しかし気負うことなく楽しみながら読めるのは、きっとその証拠だ。 すぐに読み終えることができるだろうが、あえて時間をかけ、ていねいに読み進めていきたい。 しかも読み終えて終わりにするのではなく、何度でも読みなおしたいところだ。 きっと、そのたびごとに、なんらかの気づきを得ることができるだろうから。 『希林のコトダマ』 椎根和 著 芸術新聞社 本体1,500円+税 2020年4月 文/印南敦史 作家、書評家、編集者。 株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年東京生まれ。 音楽雑誌の編集長を経て独立。 複数のウェブ媒体で書評欄を担当。 著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。 新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。

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『希林のコトダマ』樹木希林さんから学ぶ あなたが遺す最後の蔵書は?

樹木 希林 本

文/印南敦史 十数年前、樹木希林とこんな会話をした。 本というのは、雑誌を含めて、溜りだすとすぐ大繁殖して家のなかを汚す。 自分の家は、いつも整理整頓、余分なものはなにも置かない、絵も写真も飾らない主義の希林さんに、本をどういう具合にしているのか、とたずねた。 答えは簡単だった。 「百冊以上は、家に置かないの。 あたらしく気に入った本、手元に置きたくなった一冊がでてきたら、百冊のなかの一冊を、人にあげてしまうの。 だから、いつも百冊」という返事だった。 ジャンル関係なく、自分の気に入った本しか読まない、大読書家で大女優のシンプルな考え方による蔵書システム。 (本書「まえがき」より引用) 『希林のコトダマ』(椎根和 著、芸術新聞社)の著者は、本書の冒頭にこう記している。 「平凡パンチ」「popeye」「anan」に関わった編集者であり、「Hanako」など雑誌創刊の編集長を歴任した経歴を持つ文筆家である。 樹木希林さんとは家族ぐるみのつきあいがあったという著者は、希林さんの一周忌が終わった直後、娘の也哉子さんに無理を承知でお願いをする。 希林さんの100冊の蔵書をすべて読みたいと。 そして残された100冊のうち98冊を読んでみて、18歳のころから亡くなるまでの57年間に希林さんが手元に保存した本が、ひとつの赤い線でつながっていたことを知る。 簡単にいえば、希林が、「ことだま(言霊)」を感じた本しか保存しなかったということ。 コトダマとは、ことばに宿っている不思議な霊感を感ずること。 日本人は、大昔からそう信じていた。 昔の人は、ことばの霊妙な働きによって幸福がやってくる、とも考えていた。 なにか文章を頼まれると、希林は、「神(かん)さびの梅」などと、コトダマをこめた新語を考えだした。 当然ながら借り受けた100冊からもそのことを実感できたが、古事記から現代にいたるまで、守備範囲は広範だ。 鈴木大拙『仏教の大意』も、水道橋博士『藝人春秋』も、内田裕也『俺はロッキンローラー』も、98冊すべてがコトダマを内在した書物として均等な価値を持ち、希林さんの人生のどこかの地点で、希林さんの価値観のどこかに影響を与えたということなのだろう。 そんなことに想いを馳せながら、本書のページをめくる作業はそれだけで楽しい。 「なぜ、この本に関心を抱いたのだろう?」と考えてみれば、いままで知る由もなかった樹木希林という女優の本質が多少なりとも助けて見えてくるような気もする。 また、蔵書にはところどころ書き込みも入っているようで、それらに関するエピソードも興味深い。 たとえば乗松祥子『宿福の梅ばなし』の表紙についた帯には、「たかが 梅のはなしと 思うでしょうが、人間の手で 地球が 変形して きている今 一家に一冊、おいてみては どうでしょう。 樹木希林」というコピーが自筆で書かれているそうだ。 なんともかわいらしい、人間味にあふれた文章とは言えないだろうか。 感銘を受けたからに違いないが、「保存版」となっていたのはこの一冊だけしかなかったらしい。 この新書版は、水分を吸ったようにふくらんでいた。 仕事で外へ行く時も持って行ったのだと思う。 (本書75ページより引用) ちなみに養老孟司さんは、希林さんと初めて会ったときのことをある本に書きとめているそうで、ここでもその内容が解説されている。 希林は長時間のスタジオ撮影で、疲労してしまい、待ち時間にソファに横たわっていました。 そこへ先生がやってきて会話がはじまる。 希林は、ソファに横たわったまま。 養老先生は、その姿に感動する。 ココロは元気なのに、カラダが弱っている状態でした。 カラダは、物質からできていますが、自然なモノともいえます。 自然は枯れたり、しおれたりするものです。 希林は、その疲れたカラダを、なんの気取りもなく、自然そのままに見せた。 それが養老先生を感動させたのです。 選書の仕方にしても、さまざまな書き込みにしても、ひとつひとつがすべて自然体だからだ。 樹木希林という女優の残像を意識しながら、しかし気負うことなく楽しみながら読めるのは、きっとその証拠だ。 すぐに読み終えることができるだろうが、あえて時間をかけ、ていねいに読み進めていきたい。 しかも読み終えて終わりにするのではなく、何度でも読みなおしたいところだ。 きっと、そのたびごとに、なんらかの気づきを得ることができるだろうから。 『希林のコトダマ』 椎根和 著 芸術新聞社 本体1,500円+税 2020年4月 文/印南敦史 作家、書評家、編集者。 株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年東京生まれ。 音楽雑誌の編集長を経て独立。 複数のウェブ媒体で書評欄を担当。 著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。 新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。 サライ.

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読書家・樹木希林さん「本は100冊しか持たない」ルールの理由(2020年4月27日)|BIGLOBEニュース

樹木 希林 本

文/印南敦史 十数年前、樹木希林とこんな会話をした。 本というのは、雑誌を含めて、溜りだすとすぐ大繁殖して家のなかを汚す。 自分の家は、いつも整理整頓、余分なものはなにも置かない、絵も写真も飾らない主義の希林さんに、本をどういう具合にしているのか、とたずねた。 答えは簡単だった。 「百冊以上は、家に置かないの。 あたらしく気に入った本、手元に置きたくなった一冊がでてきたら、百冊のなかの一冊を、人にあげてしまうの。 だから、いつも百冊」という返事だった。 ジャンル関係なく、自分の気に入った本しか読まない、大読書家で大女優のシンプルな考え方による蔵書システム。 (本書「まえがき」より引用) 『希林のコトダマ』(椎根和 著、芸術新聞社)の著者は、本書の冒頭にこう記している。 「平凡パンチ」「popeye」「anan」に関わった編集者であり、「Hanako」など雑誌創刊の編集長を歴任した経歴を持つ文筆家である。 樹木希林さんとは家族ぐるみのつきあいがあったという著者は、希林さんの一周忌が終わった直後、娘の也哉子さんに無理を承知でお願いをする。 希林さんの100冊の蔵書をすべて読みたいと。 そして残された100冊のうち98冊を読んでみて、18歳のころから亡くなるまでの57年間に希林さんが手元に保存した本が、ひとつの赤い線でつながっていたことを知る。 簡単にいえば、希林が、「ことだま(言霊)」を感じた本しか保存しなかったということ。 コトダマとは、ことばに宿っている不思議な霊感を感ずること。 日本人は、大昔からそう信じていた。 昔の人は、ことばの霊妙な働きによって幸福がやってくる、とも考えていた。 なにか文章を頼まれると、希林は、「神(かん)さびの梅」などと、コトダマをこめた新語を考えだした。 当然ながら借り受けた100冊からもそのことを実感できたが、古事記から現代にいたるまで、守備範囲は広範だ。 鈴木大拙『仏教の大意』も、水道橋博士『藝人春秋』も、内田裕也『俺はロッキンローラー』も、98冊すべてがコトダマを内在した書物として均等な価値を持ち、希林さんの人生のどこかの地点で、希林さんの価値観のどこかに影響を与えたということなのだろう。 そんなことに想いを馳せながら、本書のページをめくる作業はそれだけで楽しい。 「なぜ、この本に関心を抱いたのだろう?」と考えてみれば、いままで知る由もなかった樹木希林という女優の本質が多少なりとも助けて見えてくるような気もする。 また、蔵書にはところどころ書き込みも入っているようで、それらに関するエピソードも興味深い。 たとえば乗松祥子『宿福の梅ばなし』の表紙についた帯には、「たかが 梅のはなしと 思うでしょうが、人間の手で 地球が 変形して きている今 一家に一冊、おいてみては どうでしょう。 樹木希林」というコピーが自筆で書かれているそうだ。 なんともかわいらしい、人間味にあふれた文章とは言えないだろうか。 感銘を受けたからに違いないが、「保存版」となっていたのはこの一冊だけしかなかったらしい。 この新書版は、水分を吸ったようにふくらんでいた。 仕事で外へ行く時も持って行ったのだと思う。 (本書75ページより引用) ちなみに養老孟司さんは、希林さんと初めて会ったときのことをある本に書きとめているそうで、ここでもその内容が解説されている。 希林は長時間のスタジオ撮影で、疲労してしまい、待ち時間にソファに横たわっていました。 そこへ先生がやってきて会話がはじまる。 希林は、ソファに横たわったまま。 養老先生は、その姿に感動する。 ココロは元気なのに、カラダが弱っている状態でした。 カラダは、物質からできていますが、自然なモノともいえます。 自然は枯れたり、しおれたりするものです。 希林は、その疲れたカラダを、なんの気取りもなく、自然そのままに見せた。 それが養老先生を感動させたのです。 選書の仕方にしても、さまざまな書き込みにしても、ひとつひとつがすべて自然体だからだ。 樹木希林という女優の残像を意識しながら、しかし気負うことなく楽しみながら読めるのは、きっとその証拠だ。 すぐに読み終えることができるだろうが、あえて時間をかけ、ていねいに読み進めていきたい。 しかも読み終えて終わりにするのではなく、何度でも読みなおしたいところだ。 きっと、そのたびごとに、なんらかの気づきを得ることができるだろうから。 『希林のコトダマ』 椎根和 著 芸術新聞社 本体1,500円+税 2020年4月 文/印南敦史 作家、書評家、編集者。 株式会社アンビエンス代表取締役。 1962年東京生まれ。 音楽雑誌の編集長を経て独立。 複数のウェブ媒体で書評欄を担当。 著書に『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)などがある。 新刊は『書評の仕事』 (ワニブックスPLUS新書)。

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