ターナー の 機関 車。 ロンドン 高架下で待ち合わせ [Vol.1]

ターナー展2018が京都文化博物館で開催!チケットやグッズ口コミ情報!期間はいつまで?

ターナー の 機関 車

週間30位() シングル 年表 () ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller- (1991年) () 目次• 解説 [ ] 「ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller-」はアルバム『』からのシングル・カット曲だが、エンディングにもヴォーカルが入ったシングル・ヴァージョン。 『』にはシングル・ヴァージョンが、オールタイム・ベスト・アルバム『』にはイントロのSEがカットされたアルバム・ヴァージョンが、それぞれ収録された。 山下は「ある晩、のレストラン・バーCAYにドラマティックス()を観に行った時、トイレに続く長い廊下の陰で黒いワンピースの髪の長い女の子がすすり泣いててね。 その光景がすごく印象的だった。 で、倦怠期に入った男女が何も話すことがなくて、ただテーブルを挟んでじっと座っているという曲を作ろうと思った。 で、そういう店にはきっと絵が飾ってあるだろうと思って、その絵が ()の『 』()ということにしたの。 ターナーが高校の頃から好きだったんだ。 この曲のメロディーは『』 の時に作って、『ARTISAN』を作る時に歌詞を書いた。 もともとはとかのようなアイリッシュ・ロック調というか、通奏音を使った曲を作りたいと思って、それで作った曲」 と語っている。 当初はドラムとベースのリズム・セクションでレコーディングされたが、曲の持つ耽美的なイメージにより近づけたいとの意向から最終的に、打ち込みのリズムに変更された。 その後ギター・インストに仕立てられたヴァージョンが、『』 のテーマ曲として使われ、その後系『』 テーマ曲として継続使用されている。 このライブ・ヴァージョンは永らくアルバム未収録のままだったが、後にアルバム『』初回限定盤にセットのボーナスCD『Joy 1. 5』にリマスタリング音源にて収録された。 ジャケットには在住の芸術家、アンドレ・ミリポルスキー(Andre Miripolsky)による、『ARTISAN』で使用されたものと色違いのイラストがレイアウトされている。 収録曲 [ ] 全作曲・編曲:。 タイトル 作詞 作曲・編曲 1. 参加ミュージシャン [ ] ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller- [ ]• : Acoustic Piano• 佐藤康夫 : Mixing Engineer ONLY WITH YOU [Live Version] [ ]• : Drums• : Electric Bass• : Electric Guitar• 松田真人 : Electric Piano• : Synthesizers• : Alto Sax• : Background Vocal• : Background Vocal• : Background Vocal• 1986年10月9日 1986-10-09 クレジット [ ]•

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ターナーの汽罐車

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描かれているのは茫漠とした景色。 画面全面をかすれた渦巻きあるいは斜めの線が支配し、色彩が唐突に空間に出現しては溶け出している。 その下にレイヤーを重ねるようにどこかの風景が描かれている。 橋らしきものが左右二つあり、右側手前の橋の上をいましも蒸気機関車と思しき物体がこちらに向かって走ってくる。 タイトルから推すと、渦巻きあるいは斜めの線は雨もしくは風の描写か。 もしかしたら霧も混じっているのかもしれない。 一見しただけでは判然としないこの絵、伝統的な絵画に親しんできた人であればあるほど当惑を覚えることだろう。 ターナーが本作を描いた当時、こうした画風には賛否両論がかまびすしかったという。 あなたなら本作を見て、どう感じるだろう。 こういう絵も面白いと思うだろうか、それとも訳のわからないものとして切り捨てるだろうか。 * この絵に関してはこんな逸話が残っている。 ある婦人が雨の日にグレート・ウェスタン鉄道のロンドン行き急行列車に乗っていたら、同席していた老紳士が列車の窓を開けていいかと尋ねてきた。 彼女が許すと件の老紳士は窓を開け、そこから顔を突き出して9分間、雨のなか走る列車の様子を観察していた。 そして、婦人は翌年のロイヤル・アカデミーの展覧会でこの絵を見ることになった——という話である。 いかにもできすぎていて、ほんとうかどうか疑わしい部分もあるが、ターナーが自分の実感をもとに絵を描いたというのは事実である。 本作でも雨の降るなかを疾走する蒸気機関車に何がしかのものを見て取り、それを結実させたのだと思われる。 ターナーが結実させたものとは何だったろうか。 先ほど述べたように、この絵は事物を明瞭に描くことを放棄し、描写の正確性よりも別なものを追求しようとしている。 ということは、ターナーは風景を単に写生しようとしたわけではなかった。 もし、先のエピソードが真実だったのなら、ターナーはただ見るだけではなく、雨を切り裂き、風を衝いて走る蒸気機関車の激しい振動、ガッシュガッシュという力強い機関音、吹き出す蒸気や煙など、つまりは雨中を疾駆する機関車のダイナミズム全体をその身で体感しようとしていたのだと思われる。 そして、己が五感で感じ取ったものを描きとどめるためには、このような表現でなくてはならなかったのだろう。 人類史上、蒸気機関車というものを初めて見た人々が受けた驚きとインパクト。 きっと、自分たちの知っている現実を超えた、この世ならぬものとして認識されたに違いない。 それこそが、ターナーが全身で感じ取り、表現しようとした核心だったと考える。 私たちもまた、視覚だけにとどまらず、聴覚をはじめとした五感すべてでこの絵と向き合うとき、19世紀の人々が受けとめたものを追体験できるのである。 山下達郎である。 ご存じの人も多いと思うが、彼は本作をモチーフにした、その名もズバリ、《ターナーの汽罐車》という楽曲を作詞作曲している。 アルバム《ARTISAN》からシングルカットされたその曲のなかで、山下達郎はターナーが描いたこの機関車を、驚くことに、「おぼろげな汽罐車が走る、音も立てず」という歌詞で表現している。 動的なありさまが特徴の蒸気機関車に対して、ごく静的な捉え方。 初めてこの曲を聴き、歌詞に触れたとき、私は唸ってしまった。 これを「音も立てず」と言い表すのか、と。 だが、この機関車が音を立てることなく滑るように走ってくるさまを想像するとき、絵からはまったく新しい世界が立ち上がる。 それはあたかも夢の出来事のような、現実を超えた世界である。 絵の場所はロンドンという現実の場所ではなくなり、蒸気機関車は抽象的な存在と化して普遍的な印象を見る者にもたらし出す。 絵は具体性を失うことによって、私たちを現実の束縛から解き放ってくれるのである。 そこまで考えが及んで一つのことに気づく。 現実の超越とはまさにターナーが感得し表現しようとしたことではないか、と。 山下達郎は、動と静という正反対のルートを辿りながらも、ターナーが追い求めたのと同じ地点に到達しているのである。 本作に「音も立てず」に走りくる機関車を見出す見方は、山下達郎がひねり出したものである。 それはおそらく、画家も想定していなかったアプローチであろう。 鑑賞の可能性ということについて改めて認識させられる。 ちなみに、この夏、山下達郎は再び汽車をモチーフにした新曲を発表する。

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ターナー、光に愛を求めて

ターナー の 機関 車

Contents• ウィリアム・ターナーのここがすごい! 抽象画?風景画?死後に論争を起こした早熟な画家 ターナーは1700年代、イギリスで活躍した風景画家でした。 早くからその才能を発揮し、史上最年少の27歳でロイヤルアカデミーの正会員に選ばれたほど。 そのころは、多くの人に受け入れられました。 美しく、なおかつ分かりやすい風景画を描いていたからです。 色と光を魔法のようにキャンバスに写し取り、光り輝くような美しい風景画は多くの人を驚かせていました。 もしターナーがそのまま、その技法に疑問を抱かなければ、生涯その名声を維持していたでしょう。 そして多くの弟子を持ち、ターナー風の風景画という流派を作っていたことでしょう。 しかしあふれる向上心持っていたこの画家は、その超絶技法にさえ疑問を抱き始めます。 物の形を正確に描くことだけが絵画なのだろうか。 光や色彩、その場の雰囲気を描くことはできないだろうか、と。 やがてターナーの風景画からは輪郭が消えてゆきます。 一見するとぼんやりとした色彩が見えるだけの作品群は、多くの人を戸惑わせ、そして失望もさせました。 多くの人が絵画に求めるものは、若くしてロイヤルアカデミーの会員になった頃のようなターナーだったのです。 しかし人の言葉などに耳を貸さずにターナーは独自の表現を模索し続けました。 若くして成功を収めたというわりには寂しい晩年だったようです。 小さな借家で亡くりました。 しかし、友人にも恵まれていましたし、何よりも自らの芸術を追い求め続けたその生涯は幸福なものだったことでしょう。 死後、改めてターナーをどう評価しようかという論争が巻き起こります。 ターナーが目指したのは、実は抽象画だったのではないか。 晩年の作品群は抽象画だったのではないか… しかしターナーの時代はまだ抽象画はありませんでしたし、仮にあったとしてもターナーは興味を持たなかったでしょう。 ターナーは現実に自分が見たものを描いたのです。 物の形ではなく、その風景の色彩、光、蒸気、雨や霧といったものを。 移ろいゆく光をそのままキャンバスにとどめようとした印象派が生まれるより数十年も早く、たった一人で独自の道を歩いた画家だったのでした。 文:小椋 恵 ウィリアム・ターナーの作品紹介 「雨、蒸気、速度 グレート・ウェスタン鉄道」は、様々な謎がある魅力な絵画です。 『雨、蒸気、スピード-グレート・ウェスタン鉄道』 ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの「雨、蒸気、速度 グレート・ウェスタン鉄道」は、一見すると全体にもやがかかったような、美しいけど何を描いているのかよく分からない不思議な絵画です。 私はこの絵画を初めてインターネットで見た時、タイトルと絵画を交互に何度も見ながらじっくりと見ました。 タイトルが分かると、何となくどういう絵なのかを掴む事ができるようになりました。 当時のグレート・ウェスタン鉄道を知っていた人は、この絵画の光景をぼんやりではなくしっかり掴んでいたんだろうなと羨ましく思いました。 この絵画は、タイトルの通り雨の中グレート・ウェスタン鉄道を走る蒸気機関車の様子を描いたものです。 そばに流れているのはテムズ川です。 これほど美しい光景を見る事ができるなら、一度は行ってみたいと思わせる説得力がこの絵画にはあります。 この絵画が描かれた当時イギリスは産業革命中で様々な新しい、近代的なものが登場した時期でした。 そして、ターナーはこの絵画の中に近代化に対するメッセージを残していると言われています。 このメッセージについては今も様々な議論がされているそうで、結末は出ていません。 本人が亡くなっている今、明確な答えは出ないかもしれません。 ですが、その答えを知りたいと心から思わせてくれる、非常に魅力的な絵画です。 文:るるるるん ウィリアム・ターナーの関連書籍.

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