沈丁花 歌詞 春よ。 薬草に親しむ−春の香りは沈丁花

春よ、来い 歌詞 松任谷由実 ※ report.interreg4c.eu

沈丁花 歌詞 春よ

) まず、「にわか雨」は春の季語、「沈丁花」も春でそれが蕾。 また、それが「香り始める」と言っているので、時期は早春だと思います。 しかし、そうすると「遠き春よ」「まだ見ぬ春」などと続くのがおかしい。 あと、最初の「それはそれは空を越えて やがてやがて 迎えに来る」ものは何なのか。 「夢よ浅き夢よ 私はここにいます」 (浅き)夢とは? 前にも、この歌に関する質問があり、ある回答を引用させていただくと・・ 『いつか春が来るようにあなたもきっと私の所に来てくれる…かな。 季節って変わるけどでもいつか必ず春は来るでしょ。 春の前は冬で冬の寒さや辛さを乗り越えれば春 あなた に会える。 』 あなた=春 は合っていそうだと思いました。 私はあなたに恋をしている。 しかし、必ず来る「春」ならば「まだ見ぬ」に合わない。 そして僕はここで、彼(あなた)はもう死んでいるのではないかと考えてみました。 思いは寄せていたが、告白する前に死んでしまった(冬に?)。 すると、もう春は来ているのに「遠い」「まだ見ぬ」という形容詞 がついているのも納得。 「空をこえて迎えに来る」のは死んだ彼で、(告白OK)の返事をしに。 でも、「浅い夢」が何なの か・・・ 眠たいのでしょうか・・・ いや、死んでねぇだろ!とか、「私」のもっと細かい心情を読み取れるよ!とか、なんでもいいので教えてください! 補足あ、すみません。 矛盾していました!(汗) やはり告白をして、返事を聞く前に死んだ!というのが僕の考えと言うことで・・・おねがいします(笑) 淡き光立つ 俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつ ひとつ香り始める ここまでは、質問者様のように春になりきっていない様子が描かれていると思います。 この先は一気に(全体のイメージとして)解釈します。 それは それは 空を越えて やがて やがて 迎えに来る 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の なつかしき声がする 君に預けし 我が心は 今でも返事を待っています どれほど月日が流れても ずっと ずっと待っています それは それは 明日を超えて いつか いつか きっと届く (超えて、なのですね。 直しておきました) 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く 夢よ 浅き夢よ 私はここにいます 君を想いながら ひとり歩いています 流るる雨のごとく 流るる花のごとく 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の なつかしき声がする 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く 春=新しい一歩を踏み出せる時 君=昔の恋人・・・別れてしまったのか、死んでしまったのかは分かりません。 今はまだ、あなたの面影に想いをはせながら新しい一歩を踏み出せないでいる。 まぶたを閉じれば、そこにあなたがいる(ような気がする)。 心の迷いはあなたの眼差しで癒されている。 新しい一歩なんて、まだはかない夢でしかない。 私はまだあなたを想いながら一人でここにいる。 雨のように、花のように、時の流れに身を任せている。 新しい一歩を踏み出せるまでにはもう少し時間がかかりそう。 でも、それは必ずやってくる。 あなたへの想い、あなたのくれた愛・夢、面影・声・眼差し 今はまだ、それらに支えられている私。 そういったものを思い出と力に変えていつか新しい一歩を踏み出せる時がくるはず。 きっと、あなたもそれを望んでいるのよね・・・ あなたの声や面影や眼差しも私を応援してくれているのよね・・・ という解釈をしてみました。 最後は歌詞にない言葉で綴ってしまいましたが、 主人公?はそれを待ち望んでいる(そうしなければ…と思っている)ような気がします。 特に、最後のくり返しの部分(・愛をくれし君の なつかしき声がする・夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く)は 同じ歌詞でありながら、初めの思い出を追いかけている時とは違う言葉 (前進しようとする彼女を応援している言葉)に読み替えられると思います。 いかがでしょう? 【追記】 レスいただきありがとうございました。 神話には詳しくないですが、沈丁花の使われ方なども興味深いです。 知識の深さに脱帽です。 質問者様が細かな点の解釈(考察)もなさっていらっしゃるようなので、対訳の形にしてみました。 曲調からは外れてしまうかもしれませんし、 歌詞の区切りもここで切っていいのか分かりませんが はじめと、途中の「春よ遠い春よ」が倒置で使われているという解釈です。 俄雨のようにふとしたことで流れてしまう涙 そんな時、あなたの面影が沈丁花の香りのように強く思い出される はるか彼方から、そのうちに新しい人生がやってくるのよね あなたのいない新しい人生が・・・ (今はまだ)瞼を閉じれば愛をくれたあなたの声に包まれる あなたとともに歩くはずだった私の心は、今でもあなたが語りかけてくれるのを待っている こんなに月日が流れても、ずっとずっと待っている いつになるかは分からないけれど、いつかきっと私にもくるのよね 自分の足でちゃんと立てる日が・・・ (今はまだ)迷っている私をあの時夢をくれたあなたが癒してくれる 叶わなかったあなたと過ごす夢、あなたのいない新しい人生もまだ夢物語 私はあなたを忘れられずに独りで生きている 流れる雨のように、流れる花のように、時の流れのままに過ごしているのです。 新しい一歩はまだ遠い一歩 (少しずつだけど)瞼を閉じるとあの頃愛をくれたあなたの声が私を後押ししてくれる 新しい人生はまだ見えて来ない (少しずつだけど)迷ってしまう時はあの時夢をくれたあなたの優しい眼差しが私を励ましてくれる 私の人物像は 結婚の約束をした(もしくは結婚を夢見ていた)彼と離ればなれになってしまった私。 迎えにくる、届くなど、自分から進んで歩み出せていない私。 彼を忘れられない。 でも、どこかで新しい人生へ進まなければならないと感じている私。 という感じです。 長くなりましてごめんなさい。 頑張ってくださいね。 この歌はあんまり恋愛とは関係ないんじゃありませんか?春は人生の春という比喩では?なんとなく人生の難局に出会ったときの心境をつずった詩だと思います。 人間の習性として人生の悪いときには過去を思い出すものではないでしょうか。 いい時は・・・未来が輝いているから過去のことはあんまり興味がわいてこないから、あと老いも一つの人生の難局だからそういう時の過去に対する懐古、今、現在は恋愛感情とは微妙に違うけど過去に恋愛感情を持って好きだった人の事を思い出したときの感情、懐かしさ、の少し感傷的な心境を詩的に情緒的に表現したのではないでしょうか。 一つの物語は無いような気がします。 いや~皆さん、いろいろ解釈がありますね。 興味深く拝見しました。 自分自身この歌は、ほとんどない、という位恋愛とは関係ない、歌詞の力点は恋愛ではない、と思ってました。 でも皆さんの意見読むとあんまり自信ないけどね(笑) いろいろな人の意見が聞いてみたい。 正解はないのでしょうけど。 あるかな? この歌は人生の難局に立ち向かおうとする人間が、昔、恋心をいだいた異性を思い出して、慰められ勇気ずけられる、夢をくれし君のまなざしが肩をだく、だと思います。 どうも僕は「死」とか「悲愴」ばかり考えてしまうようです・・・(笑) で、僕も「私と君」が夫婦、もしくは恋人関係のまま何か外的要因のために離れ離れになってしまったとして、考えてみました 「空を越えて」という表現はあの世とこの世を暗示するようにも思えるのですが、やはり「君」がすで死んだということにすると、私はそれを分かっていながら「ずっと待つ」ことになってしまいます。 それに、「帰ってくる」ではなく「迎えに来る」という表現になっていることから、彼が死んでいるなら私も天国に連れて行かれることにw 「夢をくれた」というのは彼がわたしがものすごく落ち込んでいるときに生きる希望か何かを与えてくれたということでしょうか。 「夢よ 浅き夢よ」という部分は「君」のことを鮮明に思い返すけれど、あなたが側にいるということは「夢=非現実」であることを指している。 こんな感じでまた再び会える可能性は0%に近いながらも、「君」を愛している、ずっと一人であろうともあなたを待ち続ける ということを歌っている・・・。 彼が戦争にいってしまったとか、脳死状態になっているとか 考えてみたんですがところどころしっくりこないところがありました(戦争なら「空」じゃなく「海を越えて」かなぁ?とか)。 僕はその話を知らないのですが、やはりこのように他の深い知識があるかないかで読み方が変わってくるのですね!僕もそんな知識がほしいです インターネットで調べつつまた読み返させて頂こうと思います 私はこの歌の主人公は男で、恋人は死んでいると思いました。 沈丁花の学名は"Daphne odora" 「Daphne」はギリシャ神話のダフネ。 ダフネを説明すると長くなるので簡単に。 太陽神アポロンの初恋の人で、アポロンが強く愛したが、寸での所で彼女は月桂樹に変わってしまった。 アポロンは嘆き悲しみ、彼女への永遠の愛と生涯最高の愛を誓ってその枝で冠を編み身に着けるようになった。 そのダフネを詩中の沈丁花は暗示しているのではないでしょうか。 花言葉は「栄光」「不死」「不滅」「歓楽」「永遠」。 死んでいるもうひとつの根拠として、詩中の「明日を超えて」。 時間的な「明日」なら「こえて」は「越えて」だと思います。 「超えて」は「明日」という概念を超えている。 つまり「将来」よりも向こうの概念だと思います。 「あの世」ですね。 「春」は男女の春。 蜜月のような仲睦まじい男女の様子を連想します。 象徴として「彼女」とも。 告白かプロポーズか、迷いましたが主人公の思いの強さや確信めいた自信や春の解釈からプロポーズではないかと思いました。 返事を聞く前に突然死んでしまった恋人。 亡くなって数年たった日のお話。 タイトル『会いたい』 淡き光立つ 俄雨 愛しい人の面影と重なる沈丁花 雨に濡れた花びらの先から滴り落ちようとしている雫が泪のようだ 私も泣いている 涙の雫がひとつこぼれる毎に 愛しい人の思い出が浮かんでくる 私の願いは 空を越えて やがていつか 叶えられる 私の幸せよ 遠い日の思い出の幸福よ 君よ 聞いておくれ 瞼を閉じれば 今も あなたとの日々を思い出せ つかの間、私を幸せな気分にさせてくれる 愛をくれたあなたの なつかしい声がする あなたに預けた私の心は 今でもあなたを想っています 聞けなかったプロポーズの返事を聞かせてください どれほど月日が流れても ずっと ずっと 待っています あなたからの返事は 生きてる内は 聞かれない どうか あの世で返事を聞かせてください 私の幸せよ いまだ叶えられぬ君との幸福な結婚人生よ 君よ あなたの居ないこの世に生きることを疑問に思います そんなとき 私に実のある人生を感じさせてくれたあなたが天国から見ている そう思うと 私は恥じぬよう生きなければと思うのです 夢よ かつて想い描いた彼女と一緒に幸せに暮らす人生よ 私はここに取り残されています あなたを想いながら ひとりぼっちの人生を歩んでいます 流れる雨の如く 流れる花びらの如く 人生に意味を持てないまま ただ生きています 幸せよ まだまだ先の幸福よ 目を閉じれば 彼女の声がする 幸せよ まだ叶わぬ幸せよ 彼女の居ないこの世に生きることを疑問に思います そんなとき 早死にした彼女が空から見ているようで 彼女のためにも天寿を全うせねばと思うのです コーラス:早く来い (天よ どうか私をお召しください) (早く彼女に会わせてください) 意訳ですが、こうではないかと思います。 追記 主さん、私もこれを書くにあたって確認のために検索しましたが、どれも記述に生命感がなくしっくりきませんでした。 私の読んだ本では良いお話でした。

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沈丁花 歌詞 春よ

ジンチョウゲの花 : : : : : : : ジンチョウゲ D. odora Daphne odora 1784 ジンチョウゲ(沈丁花) 英名 ジンチョウゲ( 沈丁花)とは、の。 チンチョウゲとも言われる。 漢名:瑞香、別名:輪丁花。 は南部で、日本では頃にはすでにされていたとされる。 だが、日本にある木は株が多く、株はほとんど見られない。 で増やす。 赤く丸いをつけるが、である。 花の煎じ汁は、・などのとして使われる。 末ないしに花を咲かせることから、のとしてよく詠われる。 は濃であるが、開いた花は淡紅色では、強いを放つ。 枝の先に20ほどの小さな花が状に固まってつく。 花を囲むようにが放射状につく。 葉の形はの葉に似ているが月桂樹よりも軟弱。 名前の由来 [ ] 沈丁花という名前は、の沈香のような良い匂いがあり、丁子(ちょうじ、)のような花をつける木、という意味でつけられた。 学名の「Daphne odora」の「Daphne」はのにちなむ。 「odora」は芳香があることを意味する。 は「」「」「」「歓楽」「」。 品種 [ ] ジンチョウゲの主なは以下のものが掲げられる。 として用いられる。 シロバナジンチョウゲ - 花の色がい。 ウスイロジンチョウゲ• フクリンジンチョウゲ - 葉の縁にが見える。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するメディアがあります。 ジンチョウゲ科には、他に下記などがある。 Daphne mezereum• Daphne miyabeana• Daphne pseudomezereum• Diplomorpha sikokiana• Edgeworthia chrysantha•

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「春よ、来い」(松任谷由実)の考察をしているんですが、教えてください!深読み...

沈丁花 歌詞 春よ

) まず、「にわか雨」は春の季語、「沈丁花」も春でそれが蕾。 また、それが「香り始める」と言っているので、時期は早春だと思います。 しかし、そうすると「遠き春よ」「まだ見ぬ春」などと続くのがおかしい。 あと、最初の「それはそれは空を越えて やがてやがて 迎えに来る」ものは何なのか。 「夢よ浅き夢よ 私はここにいます」 (浅き)夢とは? 前にも、この歌に関する質問があり、ある回答を引用させていただくと・・ 『いつか春が来るようにあなたもきっと私の所に来てくれる…かな。 季節って変わるけどでもいつか必ず春は来るでしょ。 春の前は冬で冬の寒さや辛さを乗り越えれば春 あなた に会える。 』 あなた=春 は合っていそうだと思いました。 私はあなたに恋をしている。 しかし、必ず来る「春」ならば「まだ見ぬ」に合わない。 そして僕はここで、彼(あなた)はもう死んでいるのではないかと考えてみました。 思いは寄せていたが、告白する前に死んでしまった(冬に?)。 すると、もう春は来ているのに「遠い」「まだ見ぬ」という形容詞 がついているのも納得。 「空をこえて迎えに来る」のは死んだ彼で、(告白OK)の返事をしに。 でも、「浅い夢」が何なの か・・・ 眠たいのでしょうか・・・ いや、死んでねぇだろ!とか、「私」のもっと細かい心情を読み取れるよ!とか、なんでもいいので教えてください! 補足あ、すみません。 矛盾していました!(汗) やはり告白をして、返事を聞く前に死んだ!というのが僕の考えと言うことで・・・おねがいします(笑) 淡き光立つ 俄雨 いとし面影の沈丁花 溢るる涙の蕾から ひとつ ひとつ香り始める ここまでは、質問者様のように春になりきっていない様子が描かれていると思います。 この先は一気に(全体のイメージとして)解釈します。 それは それは 空を越えて やがて やがて 迎えに来る 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の なつかしき声がする 君に預けし 我が心は 今でも返事を待っています どれほど月日が流れても ずっと ずっと待っています それは それは 明日を超えて いつか いつか きっと届く (超えて、なのですね。 直しておきました) 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く 夢よ 浅き夢よ 私はここにいます 君を想いながら ひとり歩いています 流るる雨のごとく 流るる花のごとく 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに 愛をくれし君の なつかしき声がする 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く 春=新しい一歩を踏み出せる時 君=昔の恋人・・・別れてしまったのか、死んでしまったのかは分かりません。 今はまだ、あなたの面影に想いをはせながら新しい一歩を踏み出せないでいる。 まぶたを閉じれば、そこにあなたがいる(ような気がする)。 心の迷いはあなたの眼差しで癒されている。 新しい一歩なんて、まだはかない夢でしかない。 私はまだあなたを想いながら一人でここにいる。 雨のように、花のように、時の流れに身を任せている。 新しい一歩を踏み出せるまでにはもう少し時間がかかりそう。 でも、それは必ずやってくる。 あなたへの想い、あなたのくれた愛・夢、面影・声・眼差し 今はまだ、それらに支えられている私。 そういったものを思い出と力に変えていつか新しい一歩を踏み出せる時がくるはず。 きっと、あなたもそれを望んでいるのよね・・・ あなたの声や面影や眼差しも私を応援してくれているのよね・・・ という解釈をしてみました。 最後は歌詞にない言葉で綴ってしまいましたが、 主人公?はそれを待ち望んでいる(そうしなければ…と思っている)ような気がします。 特に、最後のくり返しの部分(・愛をくれし君の なつかしき声がする・夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く)は 同じ歌詞でありながら、初めの思い出を追いかけている時とは違う言葉 (前進しようとする彼女を応援している言葉)に読み替えられると思います。 いかがでしょう? 【追記】 レスいただきありがとうございました。 神話には詳しくないですが、沈丁花の使われ方なども興味深いです。 知識の深さに脱帽です。 質問者様が細かな点の解釈(考察)もなさっていらっしゃるようなので、対訳の形にしてみました。 曲調からは外れてしまうかもしれませんし、 歌詞の区切りもここで切っていいのか分かりませんが はじめと、途中の「春よ遠い春よ」が倒置で使われているという解釈です。 俄雨のようにふとしたことで流れてしまう涙 そんな時、あなたの面影が沈丁花の香りのように強く思い出される はるか彼方から、そのうちに新しい人生がやってくるのよね あなたのいない新しい人生が・・・ (今はまだ)瞼を閉じれば愛をくれたあなたの声に包まれる あなたとともに歩くはずだった私の心は、今でもあなたが語りかけてくれるのを待っている こんなに月日が流れても、ずっとずっと待っている いつになるかは分からないけれど、いつかきっと私にもくるのよね 自分の足でちゃんと立てる日が・・・ (今はまだ)迷っている私をあの時夢をくれたあなたが癒してくれる 叶わなかったあなたと過ごす夢、あなたのいない新しい人生もまだ夢物語 私はあなたを忘れられずに独りで生きている 流れる雨のように、流れる花のように、時の流れのままに過ごしているのです。 新しい一歩はまだ遠い一歩 (少しずつだけど)瞼を閉じるとあの頃愛をくれたあなたの声が私を後押ししてくれる 新しい人生はまだ見えて来ない (少しずつだけど)迷ってしまう時はあの時夢をくれたあなたの優しい眼差しが私を励ましてくれる 私の人物像は 結婚の約束をした(もしくは結婚を夢見ていた)彼と離ればなれになってしまった私。 迎えにくる、届くなど、自分から進んで歩み出せていない私。 彼を忘れられない。 でも、どこかで新しい人生へ進まなければならないと感じている私。 という感じです。 長くなりましてごめんなさい。 頑張ってくださいね。 この歌はあんまり恋愛とは関係ないんじゃありませんか?春は人生の春という比喩では?なんとなく人生の難局に出会ったときの心境をつずった詩だと思います。 人間の習性として人生の悪いときには過去を思い出すものではないでしょうか。 いい時は・・・未来が輝いているから過去のことはあんまり興味がわいてこないから、あと老いも一つの人生の難局だからそういう時の過去に対する懐古、今、現在は恋愛感情とは微妙に違うけど過去に恋愛感情を持って好きだった人の事を思い出したときの感情、懐かしさ、の少し感傷的な心境を詩的に情緒的に表現したのではないでしょうか。 一つの物語は無いような気がします。 いや~皆さん、いろいろ解釈がありますね。 興味深く拝見しました。 自分自身この歌は、ほとんどない、という位恋愛とは関係ない、歌詞の力点は恋愛ではない、と思ってました。 でも皆さんの意見読むとあんまり自信ないけどね(笑) いろいろな人の意見が聞いてみたい。 正解はないのでしょうけど。 あるかな? この歌は人生の難局に立ち向かおうとする人間が、昔、恋心をいだいた異性を思い出して、慰められ勇気ずけられる、夢をくれし君のまなざしが肩をだく、だと思います。 どうも僕は「死」とか「悲愴」ばかり考えてしまうようです・・・(笑) で、僕も「私と君」が夫婦、もしくは恋人関係のまま何か外的要因のために離れ離れになってしまったとして、考えてみました 「空を越えて」という表現はあの世とこの世を暗示するようにも思えるのですが、やはり「君」がすで死んだということにすると、私はそれを分かっていながら「ずっと待つ」ことになってしまいます。 それに、「帰ってくる」ではなく「迎えに来る」という表現になっていることから、彼が死んでいるなら私も天国に連れて行かれることにw 「夢をくれた」というのは彼がわたしがものすごく落ち込んでいるときに生きる希望か何かを与えてくれたということでしょうか。 「夢よ 浅き夢よ」という部分は「君」のことを鮮明に思い返すけれど、あなたが側にいるということは「夢=非現実」であることを指している。 こんな感じでまた再び会える可能性は0%に近いながらも、「君」を愛している、ずっと一人であろうともあなたを待ち続ける ということを歌っている・・・。 彼が戦争にいってしまったとか、脳死状態になっているとか 考えてみたんですがところどころしっくりこないところがありました(戦争なら「空」じゃなく「海を越えて」かなぁ?とか)。 僕はその話を知らないのですが、やはりこのように他の深い知識があるかないかで読み方が変わってくるのですね!僕もそんな知識がほしいです インターネットで調べつつまた読み返させて頂こうと思います 私はこの歌の主人公は男で、恋人は死んでいると思いました。 沈丁花の学名は"Daphne odora" 「Daphne」はギリシャ神話のダフネ。 ダフネを説明すると長くなるので簡単に。 太陽神アポロンの初恋の人で、アポロンが強く愛したが、寸での所で彼女は月桂樹に変わってしまった。 アポロンは嘆き悲しみ、彼女への永遠の愛と生涯最高の愛を誓ってその枝で冠を編み身に着けるようになった。 そのダフネを詩中の沈丁花は暗示しているのではないでしょうか。 花言葉は「栄光」「不死」「不滅」「歓楽」「永遠」。 死んでいるもうひとつの根拠として、詩中の「明日を超えて」。 時間的な「明日」なら「こえて」は「越えて」だと思います。 「超えて」は「明日」という概念を超えている。 つまり「将来」よりも向こうの概念だと思います。 「あの世」ですね。 「春」は男女の春。 蜜月のような仲睦まじい男女の様子を連想します。 象徴として「彼女」とも。 告白かプロポーズか、迷いましたが主人公の思いの強さや確信めいた自信や春の解釈からプロポーズではないかと思いました。 返事を聞く前に突然死んでしまった恋人。 亡くなって数年たった日のお話。 タイトル『会いたい』 淡き光立つ 俄雨 愛しい人の面影と重なる沈丁花 雨に濡れた花びらの先から滴り落ちようとしている雫が泪のようだ 私も泣いている 涙の雫がひとつこぼれる毎に 愛しい人の思い出が浮かんでくる 私の願いは 空を越えて やがていつか 叶えられる 私の幸せよ 遠い日の思い出の幸福よ 君よ 聞いておくれ 瞼を閉じれば 今も あなたとの日々を思い出せ つかの間、私を幸せな気分にさせてくれる 愛をくれたあなたの なつかしい声がする あなたに預けた私の心は 今でもあなたを想っています 聞けなかったプロポーズの返事を聞かせてください どれほど月日が流れても ずっと ずっと 待っています あなたからの返事は 生きてる内は 聞かれない どうか あの世で返事を聞かせてください 私の幸せよ いまだ叶えられぬ君との幸福な結婚人生よ 君よ あなたの居ないこの世に生きることを疑問に思います そんなとき 私に実のある人生を感じさせてくれたあなたが天国から見ている そう思うと 私は恥じぬよう生きなければと思うのです 夢よ かつて想い描いた彼女と一緒に幸せに暮らす人生よ 私はここに取り残されています あなたを想いながら ひとりぼっちの人生を歩んでいます 流れる雨の如く 流れる花びらの如く 人生に意味を持てないまま ただ生きています 幸せよ まだまだ先の幸福よ 目を閉じれば 彼女の声がする 幸せよ まだ叶わぬ幸せよ 彼女の居ないこの世に生きることを疑問に思います そんなとき 早死にした彼女が空から見ているようで 彼女のためにも天寿を全うせねばと思うのです コーラス:早く来い (天よ どうか私をお召しください) (早く彼女に会わせてください) 意訳ですが、こうではないかと思います。 追記 主さん、私もこれを書くにあたって確認のために検索しましたが、どれも記述に生命感がなくしっくりきませんでした。 私の読んだ本では良いお話でした。

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