仰っていただく。 味噌ラーメン 雪ぐに@中田 ミソラーメン、ギョーザ(5個)

「そう言ってもらえて嬉しい」の使い方と例文・別の敬語表現

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お声がけ、という言葉を敬語として使うのであれば、最後に「ください」とつけることです。 当然ですがこちらから「お声をかける」ということありません。 自分の声に対して「御」とつけることはありませんので、あくまで相手が使う時に「御」とつけることになります。 ですから、敬語として使うときには「お声がけくださいませ」などと使うことになります。 敬語表現というのはそんなに難しいことではなく、自分のことを低くして、相手のことを高くするだけでよいのです。 「声をかける」という言葉であれば、敬語にする時には「声」に「御」をつけて、「かける」というのは相手の行動になるのでそのままの形になり、そのあとに「ください」とつけるだけで立派な敬語的な表現として使うことができるようになります。 「いつでもお声がけくださいませ」「何かございましたら気軽にお声がけください」と簡単に使えることになるでしょう。 声をかける、ということは社内でも使うこともあり「何かあれば質問して」という意味合いで使うこともあります。 「用命する」という意味合いもあるので上司からお声がけを受けることもあります。 但し、上司に対して、「いつでもお声がけください」というのはかなり慇懃といえることも多いでしょう。 敬語の難しいことではありますが、常に目上であるから敬語をしっかりと使うことが正しいのかといえばそれは違います。 一々業務の時に厳格な敬語を使うべきかはその時々の状況によって違うことになります。 「何かあれば声をかけてください」「問題が出てきたら声をかけてください」など日常的によく使われる業務上でのシーンの言葉といえるでしょう。 「お声がけください」という文言はメールなどでもよく使うことになります。 文末の定形文のようなものであるといえますから、上手く使うことができるようになりますとかなりビジネスメールが引き締まることになります。 例としては、 先日はお取引いただきまことにありがとうございました。 今後ともよいお付き合いをさせていただけましたらこれ以上ない、幸いにございます。 といったような形になります。 「また取引してくださいね」ということを伝えているわけです。 「お声がけください」というのは「またお願いします」という意味合いであり、本当にそう思っているのかどうかはともかくとしてビジネスとしてのスタンダードな締めの文言になります。 メールでもよく使うことになるので、上手く利用できるようになりましょう。 ビジネスにおいて「お声がけ」とは ビジネスとは継続的に取引があることが何より有難いことになります。 ですから、一度取引が一端終わったとしてもまた何かあればお声がけください、というのは実にスタンダードな言い方であるといえるでしょう。 また、このように話を進めますので問題があればその都度「お声がけください」ということもあります。 これは言葉として使うこともありますし、メールの文言として使うこともあります。 ビジネスにおいて非常に頻繁に使うことになるような言葉であるといえますから、意味合いをよく理解しておくことです。 「いつでもお声がけください」というのは気兼ねなく何かあれば聞いてくださいという意味であり、実際にそう感じているのかどうかはともかくとして、まず無難な言い回しであることは確かでしょう。 また「声をかける」というのはこちらからすることもあります。 但し、さすがにこちらから『声をかけてみた』ということは使うことはないでしょう。 ビジネスにおいては『声をかける』はかけられる側がいう言葉であり、する側は『問い合わせ』とかそうした言葉を使うことになるでしょう。 言葉というのは自分の立場によって使い方が違う、使ってはいけない言葉もあったりします。 「お声がけ」もそうした文言、言葉の一つであり、あくまでこちらが下手の場合に使う言葉である、としっかり理解しておきましょう。 社内で使う場合にもいくらかの注意が必要になります。 具体的にいうと上司に使う場合です。 敬語として『何かあればお声がけください』というのは正しい言い回しではあるのですがあまりにも社内で使う言葉とは堅苦しいと感じる人も多いからです。 このあたりは社風などによっても違うことになりますから、一概にいえることではないのですが敬語を常に使うことが正しいわけではないとは理解しておきましょう。 「お声がけ」という言葉一つでも使い方がいろいろとあり、また使うべきであるのかどうかも色々と違いがあるわけです。

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二重敬語の例と正しい敬語

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上司に対して意見をもらうときには、「言ってください」という言葉を使う場面があります。 しかし、そのまま「言ってください」と言ったのでは敬語としては不十分です。 この場合は「おっしゃってください」という表現を使うべきでしょう。 言うの尊敬語はおっしゃるです。 上司や先輩などに「言ってください」と頼む場合には正しい言葉遣いを心がけましょう。 「申してください」は謙譲語なので先輩や上司には使わない 「言ってください」という意味で申してくださいという言葉を使う方がたまにいます。 申すというのは謙譲語のため、このような表現を先輩や上司に使うのは大変失礼なのです。 お申し付けくださいであれば問題ありません。 ちょっとした違いで敬語というのはかなり失礼なものとなるため気をつけましょう。 尊敬語と謙譲語の違いを区別しましょう。 「おっしゃってください」は二重敬語ではない たまに「おっしゃってください」は二重敬語であると勘違いしている方がいます。 そもそも二重敬語というものは正当性のあるものではなく、本来間違えではないとされています。 また、「おっしゃってください」というのは、「言う」と「ください」という別の言葉を足し合わせたもののため、二重敬語や二重表現というわけではないのです。 問題なく使えます。 「言ってください」でも良いが「おっしゃってください」の方が無難 そもそもくださいというのは丁寧語の表現であるため、「言ってください」だけでも敬語として必ずしも間違えではないでしょう。 たとえば会社の先輩のような比較的近い相手に対して使った場合は問題ありません。 ただし、会社の社長や営業先のお偉方のように立場がかなり上の方に対しては「おっしゃってください」と使う方が無難でしょう。 敬語は丁寧に言い過ぎない事も大切 「言ってください」と敬語で言いたいならば「おっしゃってください」で十分です。 これ以上の言葉を付け加える必要はありません。 敬語を使うときに、余計な言葉をどんどん足していく方がいます。 できるだけ丁寧な言葉を使おうと努力されているのでしょうが、敬語というのはもっとシンプルに使うべきでしょう。 言うの尊敬語はおっしゃるで十分なのです。 常に敬語の正しい使い方を確認しよう ビジネスをしていく上で敬語をマスターすることはとても大切です。 しかし、本当に完璧な敬語を使っているという方は案外少ないでしょう。 そのためあまりにも神経質になりすぎる必要はありません。 ただし、できるだけ丁寧な言葉づかいをするためにも常に敬語の正しい使い方を確認する習慣を作ると良いでしょう。 そうすれば自然と敬語をマスターできます。 「言ってください」の敬語表現である「おっしゃってください」という言葉遣いを正しく理解しよう 「言ってください」の敬語と正しい言葉遣いについてご紹介いたしました。 普段使うことの多い言葉として「言ってください」があります。 これを敬語で表現するならば「おっしゃってください」となります。 他にも色々な敬語を使う機会があるでしょうが、できるだけ正しい表現を心がけましょう。 そうすれば恥をかくことはなくなります。 「言ってください」だけではなくて、その他の言葉についても正しい表現を覚えておきましょう。

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仰っていただくという敬語は正しい使い方なのか

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「おっしゃっていただく」は正しい敬語表現です。 「あなたがおっしゃることを、わたしがいただく(もらう)」という構図。 「そのように、おっしゃっていただければ、わたしどもとしても安心いたします」の場合、 「そのように、あなたがおっしゃるということを、わたしたちがもらうことができれば、安心いたします」という意味になります。 これは、ご懸念のような二重敬語ではありません。 二重敬語というのは、「一つの語について,同じ種類の敬語を二重に使うこと」です。 「おっしゃっていただく」の場合、尊敬語と謙譲語1という違う種類の敬語なので問題ありません。 また、「先生は、そのようにおっしゃっていらっしゃる」というのは、「おっしゃる」「いらっしゃる」という同じ種類の敬語(尊敬語)を使っていますが、このような場合でも、接続助詞「て」でつながっている場合は「敬語連結」というもので、二重敬語にはなりません。 二重敬語の例としては、たとえば、「社長は、毎朝、新聞をお読みになられる」のような表現です。 「お読みになる」だけで尊敬語になっているのに、さらに「られる」という尊敬語を加えているため不自然になります。 「お読みになっていらっしゃる」であれば敬語連結なので正しい表現ですね。 ただ、「お召し上がりになる」のように、「召し上がる」と「お~になる」という尊敬語が二重に使われていても、慣習上、自然な表現として認められているものも(わずかですが)一部にはあります。 詳しくは<敬語の指針>30ページをご参照ください。 質問文に問題はありません。 この文章、どういうふうに完結するのかを考えますと、おそらく、「おっしゃっていただければ《幸いです》《幸いに存じます》」という感じでしょうかね。 でも、今日的な感覚で言えば、こういう文章、なんだか卑屈で、感心しませんね。 卑屈に、自分の望む、何らかの言質を、先方から引き出そうという意図が見え見えで、不快でもあります。 「~れば」という未だ実行されていない仮定の話として、そういう姑息な意図が見え隠れします。 よって、心ある人は、この種の表現を避けるものと思います。 先方の率直な見解をこそ引き出し、それを真摯に受け取るべきなのに、こちらの望む方向に、先方の見解を誘導するというのは、立派な大人としては、いただけない。

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