ういろう 売り。 外郎売~ふりがな付き全文

ういらう(ういろう)売り

ういろう 売り

「ういろう売り」について 「ういろう売り」は、特に二代目団十郎さんのおはこ、歌舞伎十八番の演目でした。 ちなみに、「おはこ」とは「十八番」と書きますね。 つまり、二代目団十郎さんが最も得意とするお芝居の演目が、「ういろう売り」だったわけです。 ところが、現代に於いては、これほどまでの「ういろう売りが」不思議なことに、どこの劇団でも研究所でも、「発声」と「滑舌」の教材、または、早口言葉の素材集くらいにしか考えられていない場合が殆どなのです。 「ういろう売り」では、次のことを修得できます。 1. 日本語を構成する基となる、五つの母音の正確な唇のセッティングと発音。 2. ヴォイス・チェンジ。 基本的には、声の高・中・低を自然な形で発声し分ける。 さらに、声の音色に於いて、ハー ド(固い感じの音色)とソフト(柔らかい感じの音色)を自然な形で使い分ける。 3. 日本語が持つ特有の「間」と「リズム」。 4. 「言葉」そして「発声」とアクション(行動・行為)との繋がり。 5. 視覚的または肉感的イマジネーションと、「言葉」そして「発声」との繋がり。 「言葉」そして「発声」法により 生み出される、五感(視覚・臭覚・味覚・聴覚・触覚)的イマジネーション及び心理的イマジネーション。 以下に本文を掲載するので参考にしてください。 本文 拙者親方と申すは、お立ち会いの中に、 御存知のお方も御座りましょうが、 御江戸を発って二十里上方、 相州小田原一色町をお過ぎなされて、 青物町を登りへおいでなさるれば、 欄干橋虎屋藤衛門、 只今は剃髪致して、円斎となのりまする。 元朝より大晦日まで、 お手に入れまする此の薬は、 昔ちんの国の唐人、 外郎という人、我が朝へ来たり、 帝へ参内の折から、 この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、 冠のすき間より取り出す。 依ってその名を帝より、 とうちんこうと賜る。 即ち文字には、 「頂き、透く、香い」と書いて 「とうちんこう」と申す。 只今はこの薬、 殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、 イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと、 色々に申せども、 平仮名をもって「ういろう」と記せしは、 親方円斎ばかり。 もしやお立ち会いの中に、熱海か塔ノ沢へ湯治にお出でなさるるか、 又は伊勢参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。 お登りならば右の方、お下りなれば左側、 八方が八棟、表が三棟玉堂造り、 破風には菊に桐のとうの御紋を御赦免あって、 系図正しき薬でござる。 イヤ最前より家名の自慢ばかりを申しても、 御存知ない方には、正身の胡椒の丸呑み、白河夜船、 さらば一粒食べかけて、 その気見合いをお目にかけましょう。 先ずこの薬をかように一粒舌の上にのせまして、 腹内へ納めますると、 イヤどうも云えぬは、胃、心、肺、肝がすこやかになりて、 薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し、 魚鳥、茸、麺類の食合わせ、其の他、万病速効ある事神の如し。 さて、この薬、第一の奇妙には、 舌のまわることが、銭ゴマがはだしで逃げる。 ひょっとしたがまわり出すと、矢も盾もたまらぬじゃ。 そりゃそら、そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。 アワヤ咽、さたらな舌にカ牙サ歯音、 ハマの二つは唇の軽重、開合さわやかに、 あかさたなはまやらわ、おこそとのほもよろを、 一つへぎへぎに、へぎほしはじかみ、 盆まめ、盆米、盆ごぼう、摘立、摘豆、つみ山椒、 書写山の社僧正、 粉米のなまがみ、粉米のなまがみ、こん粉米の小生がみ、 繻子ひじゅす、繻子、繻珍、 親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親かへい子かへい、子かへい親かへい、 古栗の木の古切口。 雨合羽か、番合羽か、貴様のきゃはんも皮脚絆、我等がきゃはんも皮脚絆、 しっかわ袴のしっぽころびを、三針はりなかにちょと縫うて、ぬうてちょとぶんだせ、 かわら撫子、野石竹。 のら如来、のら如来、三のら如来に六のら如来。 一寸先のお小仏におけつまずきゃるな、細溝にどじょにょろり。 京のなま鱈奈良なま学鰹、ちょと四、五貫目、 お茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ、茶立ちょ、 青竹茶せんでお茶ちゃと立ちゃ。 来るは来るは何が来る、高野の山のおこけら小僧。 狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。 武具、馬具、ぶぐ、ばぐ、三ぶぐばぐ、合わせて武具、馬具、六ぶぐばぐ。 菊、栗、きく、くり、三菊栗、合わせて菊栗六菊栗、 麦、ごみ、むぎ、ごみ、三むぎごみ、合わせてむぎ、ごみ、六むぎごみ。 あの長押の長薙刀は、誰が長薙刀ぞ。 向こうの胡麻がらは、えのごまがらか、あれこそほんの真胡麻殻。 がらぴい、がらぴい風車、 おきゃがれこぼし、おきゃがれ小坊師、ゆんべもこぼして又こぼした。 たあぷぽぽ、たあぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、 たっぽたっぽの一丁だこ、 落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬものは、 五徳、鉄きゅう、かな熊童子に、石熊、石持、虎熊、虎きす、 中にも、東寺の羅生門には、茨城童子がうで栗五合つかんでおむしゃる、 かの頼光のひざもと去らず。 鮒、きんかん、椎茸、定めて後段な、そば切り、そうめん、 うどんか、愚鈍な子新発地。 小棚の、小下の、小桶に、こ味噌が、こ有るぞ、 小杓子、こ持って、こすくって、こよこせ、おっと合点だ、 心得たんぼの川崎、神奈川、程ヶ谷、戸塚は、走って行けば、 やいとを摺りむく、三里ばかりか、藤沢、平塚、大磯がしや、 小磯の宿を七つ起きして、 早天早々、相州小田原とうちん香、 隠れござらぬ貴賤群衆の花のお江戸の花ういろう。 あれあの花を見てお心をおやわらぎやという。 産子、這子に至るまで、 この外郎のご評判、ご存じないとは申されまいまいつぶり、 角出せ、棒出せ、ぼうぼうまゆに、臼、杵、すりばち、ばちばちぐわらぐわらぐわらと、 羽目をはずして今日お出でのいずれも様に、 上げねばならぬ、売らねばならぬと息せい引っぱり、 東方世界の薬の元締め、薬師如来も照覧あれと、 ホホ敬って、ういろうは、いらっしゃりませぬか。 読み せっしゃおやかたともうすは、 おたちあいのうち(なか)に、 ごぞんじのおかたもござりましょうが、 おえどをたってにじゅうりかみがた、 そうしゅうおだわらいっしきまちをおすぎなされて、 あおものちょうをのぼりへおいでなさるれば、 らんかんばしとらやとうえもん、 ただいまはていはついたして、 えんさいとなのりまする。 がんちょうより おおつごもりまで、 おてにいれまするこのくすりは、 むかしちんのくにのとうじん、 ういろうというひと、わがちょうへきたり、 みかどへさんだいのおりから、 このくすりをふかくこめおき、 もちゆるときはひとつぶずつ、 かんむりのすきまよりとりいだす。 よってそのなをみかどより、 とうちんこうとたまわる。 すなわ(は)ちもんじには、 「いただき、すく、におい」とかいて 「とうちんこう」ともうす。 ただいまはこのくすり、 ことのほかせじょうにひろまり、ほうぼうににせかんばんをいだし、 いや、おだわらの、はいだわらの、さんだわらの、すみだわらのと、 いろいろのもうせども、 ひらがなをもって「ういろう」としるせしは おやかたえんさいばかり。 もしやおたちあいのうち(なか)に、あたみかとうのさわへとうじにおいでなさるるか、 またはいせさんぐうのおりからは、かならずかどちがいされますな。 おのぼりならばみぎのかた、おくだりなればひだりがわ、 はっぽうがやつむね、おもてがみつむねぎょくどうづくちり、 はふにはきくにきりのとうのごもんをごしゃめんあって、 けいずただしきくすりでござる。 いやさいぜんよりかめいのじまんばかりをもうしても、 ごぞんじ の ないかたには、しょうしんのこしょうのまるのみしらかわよふね、 さればいちりゅうたべかけて、 そのきみあいをおめにかけましょう。 まずこのくすりをかようにひとつぶしたのうえにのせまして、 ふくないへおさめますると、 いやどうもいえぬは、い、しん、はい、かんがすこやかになりて、 くんぷうのんどよりきたり、こうちゅうびりょをしょうずるがごとし、 ぎょちょう、きのこ、めんるいのくいあわせ、そのほか、まんびょうそっこうあることかみのごとし。 さて、このくすり、だいいちのきみょうには、 したのまわることが、ぜにごまがはだしでにげる。 ひょっとしたがまわりだすと、やもたてもたまらぬじゃ。 そりゃそら、 そらそりゃ、まわってきたわ、まわってくるわ。 あわやの ん ど、さたらなしたにかげさしおん、 はまのふたつはくちびるのけいちょう、かいごうさわやかに、あかさたなはまららわ、おこそとのほもよろを、 ひとつへぎへぎに、へぎほしはじかみ、 ぼんまめぼんごめ、ぼんごぼう、つみたで、つみまめ、つみざんしょ、 しょしゃざんのしゃそうじょう、 こごめのなまがみ、こごめのなまがみ、こんこごめのこなまがみ、 しゅすひじゅす、しゅす、しゅちん、 おやもかへえ、こもかへえ、おやかひこかへい、こかへいおやかへい、 ふるくりにきのふるきりく ぐ ち。 あまがっぱか、ばんがぱか、きさまのきゃはんもかわぎゃはん、われらがきゃはんもかわぎゃはん、 しっかわばかまのしっぽころびを、みはりはりなかにちょとぬうて、ぬうてちょとぶんだせ、かわらなでしこ、の ぜきちく。 のらにょらい、のらにょらい、みのらにょらいにむのらにょらい。 ちょっとさきのおこぼとけにおけつまずきゃるな、ほそどぶにどじょにょろり。 きょうのなまだらならなまがつお、ちょっとし、ごくぁんめ、おちゃたちょ、ちゃたちょ、ちゃっとたちょ、ちゃ たちょ、 あおだけちゃせんでおちゃちゃとたちゃ。 くるはくるはなにがくる、こうやのやまのおこけらこぞう。 たぬきひゃっぴき、はしひゃくぜん、てんもくひゃっぱい、ぼうはっぴゃっぽん。 ぶぐ、ばぐ、ぶぐ、みぶぐばぐ、あわせてぶぐ、ばぐ、むぶぐばぐ。 きく、くり、きく、くり、みきくくり、あわせてきくくりむきくくり、 むぎ、ごみ、むぎ、ごみ、みむぎごみ、あわせてむぎ、ごみ、むむぎごみ。 あのなげしのながなぎなたは、たがながなぎなたぞ。 むこうのごまがらは、えのごまがらか、あれこそほんのまごまがら。 がらぴい、がらぴいかざぐるま、 おきゃがれこぼし、おっきゃがらこぼうし、ゆんべもこぼしてまたこぼした。 たぷぽぽ、たぷぽぽ、ちりから、ちりから、つったっぽ、たっぽたっぽのいっちょうだこ、おちたらにてくお、に てもやいてもくわれぬものは、 ごとく、てっきゅう、かなく ぐ まどうじに、いしくま、いしもち、とらくま、とらきす、なかにも、とうじのら しょうもんいは、いばらぎどうじがうでぐりごんごうつかんでおむしゃる、 かのらいこうのひざもとさらず。 ふなきんかん、しいたけ、さだめてごたんな、そばきり、そうめん。 うどんか、ぐどんなこしんぼち。 こだなの、こしたの、こおけに、こみそが、こあるぞ、こしゃくし、こもって、こすくって、こよこせ、おっとが ってんだ、 こころえたんぼのかわさき、かながわ、ほどがや、とつ づ かは、はしってゆけば、 やいとをすりむく、さんりばかりか、ふじさわ、ひらつか、おおいそがしや、 こいそのたどをななつおきして、 そうてんそうそう、そうしゅうおだわらとうちんこう、 かくれござらぬきせんぐんじゅ しゅ のはなのおえどのはなういろう。 あれあのはなをみておこころをおやわらぎやという。 うぶこはうこにいたるまで、 このういろうのごひょうばん、ごぞんじないとはもうされまいまいぶり、 つのだせ、ぼうだせ、ぼうぼうまゆに、うす、きね、すりばち、ばちばちぐわらぐわらぐわらと、 はめをはずしてこんにちおいでのいずれもさまに、 あげねばならぬ、うらねばならぬといきせいひっぱり、 とうほうせかいのくすりのもとじめ、やくしにょらいもしょうらんあれと、 ほほうやまって、ういろうは、いらっしゃりませぬか。

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これが古舘伊知郎の本当の実力なのか…超高速で語る現代版「外郎売り」が凄い!

ういろう 売り

概説 [ ] 今日では「外郎売」と言えばその劇中に出てくる外郎売の長を指すことが多い。 ではやなどの養成所、或いはの研修等で、発声練習や滑舌の練習に使われている。 漢字の読みやアクセントは何種類かある。 これは出典をどこから引用したかによる違いである。 下記の口上の例に出て来るでは、外郎売を取り入れた様々な出し物を創作・披露する「外郎売の口上研究会」が活動している。 外郎(ういろう)とは元来、小田原のを指し、はその口直しのために出されたと伝えられる。 口上の例 [ ] 拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが、御を発って二十里、一色町を御過ぎなされて、青物町を上りへ御出でなさるれば、欄干橋藤右衛門、只今では致して圓斎と名乗りまする。 よりまで御手に入れまする此の薬は、昔、珍の国の唐人と云う人、我が朝へ来たり。 帝へ参内の折から此の薬を深く込め置き、用うる時は一粒ずつの隙間より取り出だす。 依ってその名を帝より「透頂香」と賜る。 即ち文字には頂き・透く・香と書いて透頂香と申す。 只今では此の薬、殊の外、世上に広まり、方々に偽看板を出だし、イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと色々に申せども、を以って「ういろう」と記せしは親方圓斎ばかり。 もしや御立会の内に、かへに御出でなさるるか、又は御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。 御上りなれば右の方、御下りなれば左側、八方が八つ棟、面が三つ棟、、にはを御赦免あって、系図正しき薬で御座る。 イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知無い方には正真のの丸呑み、、されば一粒食べ掛けて、その気味合いを御目に掛けましょう。 先ず此の薬を斯様に一粒舌の上に乗せまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬわ、・・・が健やかに成りて、薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し。 魚・鳥・・麺類の食い合わせ、その他万病即効在る事神の如し。 さて此の薬、第一の奇妙には、舌の廻る事が銭ごまが裸足で逃げる。 ヒョッと舌が廻り出すと矢も盾も堪らぬじゃ。 そりゃそりゃそらそりゃ、廻って来たわ、廻って来るわ。 アワヤ喉、サタラナ舌にカサ、ハマの二つは。 爽やかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。 一つへぎへぎに、・、豆・盆米・盆、摘・摘豆・摘、の社僧正。 小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこ生噛み。 ・緋繻子、繻子・繻珍。 親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛・子嘉兵衛、子嘉兵衛・親嘉兵衛。 古栗の木の古切り口。 か番合羽か。 貴様のも革脚絆、我等が脚絆も革脚絆。 尻革のしっ綻びを、三針針長にちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ。 、野良、野良如来、三野良如来に六野良如来。 一寸先の御小仏に御蹴躓きゃるな、細溝ににょろり。 京の生、奈良生真名、ちょと四五貫目。 御茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ。 茶立ちょ、青竹で御茶ちゃっと立ちゃ。 来るわ来るわ何が来る、の御杮小僧、狸百匹、百膳、百杯、棒八百本。 、、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具。 菊、栗、菊栗、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。 麦、塵、麦塵、三麦塵、合わせて麦塵、六麦塵。 あののは誰が長薙刀ぞ。 向こうの胡麻殻はの胡麻殻か真胡麻殻か、あれこそ本の真胡麻殻。 がらぴぃがらぴぃ風車。 、起きゃがれ小法師、昨夜も溢してまた溢した。 たぁぷぽぽ、たぁぷぽぽ、ちりからちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一干。 落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、・鉄灸、に、・・・。 中でものには、が腕栗五合掴んでおむしゃる、彼のの膝元去らず。 後段な、切り・、か愚鈍な小新発知。 小棚の小下の小桶に小が小有るぞ、小杓子小持って小掬って小寄こせ。 おっと合点だ、心得田圃の・・・は走って行けば、を擦り剥く三里ばかりか、・・がしや、小磯の宿を七つ起きして、早天早々、相州小田原、透頂香。 隠れ御座らぬ貴賎群衆の、花の御江戸の花ういろう。 アレあの花を見て、御心を御和らぎやと言う、産子・這子に至るまで、此の外郎の御評判、御存じ無いとは申されまいまいつぶり、角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵擂鉢ばちばち桑原桑原桑原と、羽目を外して今日御出での何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、の薬の元締、も照覧あれと、ホホ敬って外郎はいらっしゃりませぬか。 脚注・出典 [ ].

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歌舞伎十八番 外郎売 口上

ういろう 売り

外郎売の口上の例 拙者親方と申すは、御立会の内に御存知の御方も御座りましょうが、 御江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町を御過ぎなされて、青物町を上りへ御出でなさるれば、 欄干橋虎屋藤右衛門、只今では剃髪致して圓斎と名乗りまする。 元朝より大晦日まで御手に入れまする此の薬は、 昔、珍の国の唐人外郎と云う人、我が朝へ来たり。 帝へ参内の折から此の薬を深く込め置き、用うる時は一粒ずつ冠の隙間より取り出だす。 依ってその名を帝より「透頂香」と賜る。 即ち文字には頂き・透く・香と書いて透頂香と申す。 只今では此の薬、殊の外、世上に広まり、方々に偽看板を出だし、 イヤ小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと色々に申せども、平仮名を以って「ういろう」と記せしは親方圓斎ばかり。 もしや御立会の内に、熱海か塔ノ沢へ湯治に御出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ず門違いなされまするな。 御上りなれば右の方、御下りなれば左側、八方が八つ棟、面が三つ棟、玉堂造、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、 系図正しき薬で御座る。 イヤ最前より家名の自慢ばかり申しても、御存知無い方には正真の胡椒の丸呑み、白河夜船、 されば一粒食べ掛けて、その気味合いを御目に掛けましょう。 先ず此の薬を斯様に一粒舌の上に乗せまして、腹内へ納めますると、イヤどうも言えぬわ、胃・心・肺・肝が健やかに成りて、 薫風喉より来たり、口中微涼を生ずるが如し。 魚・鳥・茸・麺類の食い合わせ、その他万病即効在る事神の如し。 さて此の薬、第一の奇妙には、舌の廻る事が銭ごまが裸足で逃げる。 ヒョッと舌が廻り出すと矢も盾も堪らぬじゃ。 そりゃそりゃそらそりゃ、廻って来たわ、廻って来るわ。 アワヤ喉、サタラナ舌にカ牙サ歯音、ハマの二つは唇の軽重。 開合爽やかに、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲ。 一つへぎへぎに、へぎ干し・はじかみ、盆豆・盆米・盆牛蒡、摘蓼・摘豆・摘山椒、書写山の社僧正。 小米の生噛み、小米の生噛み、こん小米のこ生噛み。 繻子・緋繻子、繻子・繻珍。 親も嘉兵衛、子も嘉兵衛、親嘉兵衛・子嘉兵衛、子嘉兵衛・親嘉兵衛。 古栗の木の古切り口。 雨合羽か番合羽か。 貴様の脚絆も革脚絆、我等が脚絆も革脚絆。 尻革袴のしっ綻びを、三針針長にちょと縫うて、縫うてちょとぶん出せ。 河原撫子・野石竹、野良如来、野良如来、三野良如来に六野良如来。 一寸先の御小仏に御蹴躓きゃるな、細溝にどじょにょろり。 京の生鱈、奈良生真名鰹、ちょと四五貫目。 御茶立ちょ、茶立ちょ、ちゃっと立ちょ。 茶立ちょ、青竹茶筅で御茶ちゃっと立ちゃ。 来るわ来るわ何が来る、高野の山の御柿小僧、狸百匹、箸百膳、天目百杯、棒八百本。 武具、馬具、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具。 菊、栗、菊栗、三菊栗、合わせて菊栗、六菊栗。 麦、塵、麦塵、三麦塵、合わせて麦塵、六麦塵。 あの長押の長薙刀は誰が長薙刀ぞ。 向こうの胡麻殻は荏の胡麻殻か真胡麻殻か、あれこそ本の真胡麻殻。 がらぴぃがらぴぃ風車。 起きゃがれ子法師、起きゃがれ小法師、昨夜も溢してまた溢した。 たぁぷぽぽ、たぁぷぽぽ、ちりからちりから、つったっぽ、たっぽたっぽ一干蛸。 落ちたら煮て食お、煮ても焼いても食われぬ物は、五徳・鉄灸、金熊童子に、石熊・石持・虎熊・虎鱚。 中でも東寺の羅生門には、茨木童子が腕栗五合掴んでおむしゃる、彼の頼光の膝元去らず。 鮒・金柑・椎茸・定めて後段な、蕎麦切り・素麺、饂飩か愚鈍な小新発知。 小棚の小下の小桶に小味噌が小有るぞ、小杓子小持って小掬って小寄こせ。 おっと合点だ、心得田圃の川崎・神奈川・程ヶ谷・戸塚は走って行けば、灸を擦り剥く三里ばかりか、 藤沢・平塚・大磯がしや、小磯の宿を七つ起きして、早天早々、相州小田原、透頂香。 隠れ御座らぬ貴賎群衆の、花の御江戸の花ういろう。 アレあの花を見て、御心を御和らぎやと言う、 産子・這子に至るまで、此の外郎の御評判、御存じ無いとは申されまい。 まいまいつぶりまいつぶり、 角出せ棒出せぼうぼう眉に、臼杵擂鉢ばちばち桑原桑原と、 羽目を外して今日御出での何茂様に、上げねばならぬ、売らねばならぬと、息せい引っ張り、 東方世界の薬の元締、薬師如来も照覧あれと、ホホ敬って外郎はいらっしゃりませぬか。 せっしゃ おやかたともうすは おたちあいのうちに ごぞんじのおかたも ござりましょうが おえどをたって にじゅうりかみがた そうしゅうおだはら いっしきまちを おすぎなされて あおものちょうを のぼりへおいでなさるれば らんかんばし とらやとうえもん ただいまは ていはついたして えんさい と なのりまする がんちょうより おおつごもりまで おてにいれまする このくすりは むかし ちんのくにのとうじん ういろうというひと わがちょうへきたり みかどへさんだいのおりから このくすりを ふかくこめおき もちゆるときは ひとつぶずつ かんむりのすきまより とりいだす よって そのなを みかどより とうちんこう と たまわる すなわち もんじには いただき すく におい と かいて とうちんこう と もうす ただいまは このくすり ことのほか せじょうにひろまり ほうぼうににせかんばんをいだし いや おだわらの はいだわらの さんだわらの すみだわらのと いろいろに もうせども ひらがなをもって ういろう としるせしは おやかたえんさいばかり もしや おたちあいのうちに あたみかとうのさわへ とうじにおいでなさるか または いせさんぐうのおりからは かならず かどちがい なされまするな おのぼりならば みぎのかた おくだりなれば ひだりがわ はっぽうがやつむね おもてがみつむね ぎょくどうづくり はふには きくにきりのとうの ごもんを ごしゃめんあって けいずただしき くすりでござる いや さいぜんより かめいのじまんばかり もうしても ごぞんじないかたには しょうしんの こしょうのまるのみ しらかわよふね さらば いちりゅうたべかけて そのきみあいを おめにかけましょう まず このくすりを かようにひとつぶ したのうえに のせまして ふくないへ おさめますると いや どうもいえぬは い しん はい かんが すこやかになって くんぷう のんどよりきたり こうちゅう びりょうをしょうずるがごとし ぎょちょう きのこ めんるいのくいあわせ そのほか まんびょう そっこうあること かみのごとし さて このくすり だいいちの きみょうには したのまわることが ぜにごまが はだしでにげる ひょっとしたが まわりだすと やもたても たまらぬじゃ そりゃそりゃ そらそりゃ まわってきたはまわってくるは あわやのんど さたらな したに かげさ しおん はまのふたつは くちびるのけいちょう かいごうさわやかに あかさたなはまやらわ おこそとのほもよろを ひとつへぎへぎに へぎほし はじかみ ぼんまめ ぼんごめ ぼんごぼう つみたで つみまめ つみさんしょう しょしゃざんの しゃそうじょう こごめのなまがみ こごめのなまがみ こんこごめの こなまがみ しゅす ひじゅす しゅす しゅちん おやもかへい こもかへい おやかへいこかへい こかへいおやかへい ふるくりのきの ふるきりくち あまがっぱか ばんがっぱか きさまのきゃはんも かわぎゃはん われらがきゃはんも かわぎゃはん しっかわばかまの しっぽころびを みはりはりなかに ちょとぬうて ぬうて ちょと ぶんだせ かわらなでしこ のぜきちく のらにょらい のらにょらい みのらにょらいに むのらにょらい ちょとさきの おこぼとけに おけつまづきやるな ほそどぶに どじょ にょ ろ り きょうの なまだら なら なままなかつを ちょとしごかんめ おちゃだちょ ちゃだちょ ちゃっとたちょ ちゃだちょ あおたけ ちゃせんで おちゃちゃと たちゃ くるわ くるわ なにがくる こうやのやまの おこけらこぞう たぬきひゃっぴき はしひゃくぜん てんもくひゃっぱい ぼうはっぴゃっぽん ぶぐ ばぐ ぶぐ ばぐ みぶぐばく あわせて ぶぐばぐ むぶぐばぐ きく くり きく くり みきくくり あわせて きく くり むきくくり むぎ ごみ むぎ ごみ みむぎごみ あわせて むぎ ごみ むむぎごみ あの なげしの ながなぎなたは たが ながなぎなたぞ むこうの ごまがらは えのごまがらか まごまがらか あれこそほんの まごまがら がらぴいがらぴい かざぐるま おきやがれ こぼし おきやがれ こぼうし ゆんべもこぼして またこぼした たあぽっぽ たあぽっぽちりから ちりから つったっぽ たっぽたっぽ いっちょだこ おちたらにてくお にてもやいても くわれぬものは ごとく てっきゅう かなぐまどうじに いしくま いしもち とらくま とらきす なかにも とうじの らしょうもんには いばらきどうじが うでぐりごんごう つかんでおんしゃる かの らいこうの ひざもとさらず ふな きんかん しいたけ さだめて ごだんな そばぎり そうめん うどんか ぐどんな こしんぼち こだなの こしたの こおけに こみそが こあるぞ こじゃくし こもって こすくって こよこせ おっとがてんだ こころえたんぼの かわさき かながわ ほどがや とつかは はしっていけば やいとをすりむく さんりばかりか ふじさわ ひらつか おおいそがしや こいそのやどを ななつおきして そうてんそうそう そうしゅうおだわら とうちんこう かくれござらぬ きせんくんじゅの はなのおえどの はなういろう あれ あのはなを みて おこころを おやわらぎや という うぶご はうこに いたるまで このういろうの ごひょうばん ごぞんじないとは もうされ まいまいつぶり つのだせ ぼうだせ ぼうぼうまゆに うす きね すりばち ばちばち がらがらがらと 羽目をはずして 今日おいでの いずれも様に あげねばならぬ うらねばならぬと いきせいひっぱり とうほうせかいの くすりのもとじめ やくしにょらいも しょうらんあれと ほほぅ うやまって ういろうは いらっしゃりませぬか 外郎売りってナニ? 外郎売り口上はどこで聞けるの? 外郎売り口上の言葉の意味は? 小田原外郎家ってなんじゃいな? 名古屋のういろうと小田原外郎家のお菓子のういろうって違うの? -------------------------------------- 外郎売りってナニ? 外郎を売る人。 宣伝口上の「言い立て」で、早口言葉を含む長台詞の雄弁術が眼目の役と演技。 曾我十郎は五郎にすることもある。 この舞台で七代目は「助六」を演じ、息子海老蔵 えびぞう に八代目團十郎を襲名させて自分は海老蔵と改名した。 歌舞伎十八番に含まれた狂言は、いずれも初代・二代目・四代目によって初演されたものの中から選ばれている。 正しくは透頂香(とんちんこう)で、江戸時代には去痰をはじめとして万能薬として知られ、現在では口中清涼・消臭等に使用するという。 外郎売り口上はどこで聞けるの? 歌舞伎で外郎売りをやるときはその劇場。 小田原の幼稚園生の童謡風アレンジのお遊戯とか一件の価値あるものも。 YOU TUBEは出入りが多いので、お目当ては日を変えて何度も検索してみるとヒットしやすい。 外郎売り口上の言葉の意味は? 解説サイトでおすすめサイトはここ。 goo. fc2web. htm より。 陳家は元の順宗皇帝のもとで大医院、礼部院外郎(レイブインガイロウ)でした。 元が滅亡した後 陳延祐は日本(筑前博多)へやってきます。 そして「陳外郎」と称します。 医術や卜筮(占いのこと。 卜法(亀の甲羅を焼いてその亀裂の形によって吉凶を占う。 )と筮法(筮竹という細長い竹の棒を使って占うもの)に分けられる。 )に精した人物だったそうで、足利義満が京に招きますが応じませんでした。 二代目は大年宗奇(タイネンソウキ)氏です。 義満の招きに応じ、京へ上ります。 幕府傍に邸宅を与えられ、朝廷典医、外国信使接待、禁裏幕府諸制度顧問を務めました。 この頃から家方の「霊宝丹(レイホウタン)」を作ります。 これは効能顕著だったため、皆珍重し、服用したため時の帝より「透頂香(トウチンコウ)」という名を賜ります。 (頂(頭部)を透し香るという意味)透頂香は救急薬として、また武士は武運長久を祈る縁起物として常用したそうです。 また、この頃大年宗奇がお菓子を作ります。 五代目定治は永正元年(1504年)北條早雲に招かれ小田原へやってきます。 その際、弟へ典医と菓子製法を伝えます。 早雲は城前に宅地を与え、定治は朝廷から定紋として許された「十六の菊の紋章」と「五七の桐」の紋章をつけた八棟造りの邸宅を建てました。 八代目光治の時、豊臣秀吉が北條攻めを行います。 光治は小田原籠城に参加します。 開城時、秀吉は北條家臣を小田原城下に残さない方針でしたが、外郎家には「由緒深き家柄のため、城下に留まり存続せよ」と言い、この時より医薬に専心することになりました。 外郎家は代々一子相伝で当主は「藤右衛門」の名を襲名します。 名字は「外郎」と「宇野」の2つを使い分けていたそうです。 公事には外郎、私事には宇野を用いました。 なぜ宇野かといいますと、五代目定治が足利の祖籍宇野源氏の世継ぎになったためです。 (足利将軍に重用されていた証ですね) 薬のういろうとお菓子のういろう 透頂香は一般に「ういろう」と呼ばれます。 上記でも記したとおり、外郎家の薬のためういろうと呼ばれました。 室町時代から作られ、武士、公家、宮中、幕府で用いられました。 これは日本で最初の製薬とされています。 江戸時代になり、東海道を通る人々が必ずと言っていいほど「ういろう」を求めました。 印籠に納めて道中の常備薬にしたり、みやげにしたりしたのです。 そのため全国に広まりました。 当時贋薬もでましたが、大名が厳しく取り締まりを行ったので姿を消しました。 また店頭に贋薬を防ぐため、「ういらう」と仮名書きの招牌を掲げ、商標ともいえる狩野元信筆の「虎の絵」がかざられました。 この絵はお菓子のういろうのパッケージに残っています。 一方お菓子のういろうは二代目大年宗奇が外国信使接待時、自ら造り出していたものですが、薬のういろうの苦い味との対象が良かった為か、評判になりました。 平素は客の接待に使用し、商売にはしていませんでした。 (封建時代の慣習が許さなかったためだそうです。 )明治になりお菓子のういろうの商標が特許局に登録されたのを機会に販売を始めました。 このういろうが全国にあるのは五代目定治が弟に菓子の製法を伝え小田原にやってきたことと関係があります。 弟は室町幕府と共に兵火にかかり世継ぎもなく断絶してしまったのですが、外郎家に仕えていた職人等により他地方のういろうが出現したそうです。 ただし、外郎家に遠慮があったといいましょうか、当時は「ういろ」「うゐろ」「外良」など文字を変えていたそうです。 一般にういろうという名の由来は「外郎家の作った菓子」や「ういろうの色が薬のういろうに似ていたから」などと言われますが、薬のういろうは銀色で、お菓子は白なわけで・・・。 やはり「外郎家の作った菓子」説を支持したいと思います。 歌舞伎十八番「外郎」 享保頃、歌舞伎俳優市川団十郎は痰と咳の持病で舞台上で口上が言えず,役者を辞めようかと思っていました。 ところが外郎を用いたところ、難病がすっかり治ってしまいました。 うれしいやら感激するやらで思わず外郎家へお礼に参上しました。 (江戸から小田原まで結構遠いです。 徒歩だろうし。 酒匂川越えもあるし。 ) 当時歌舞伎役者の地位は低く(今とは大違いですね~)一方外郎家は諸大名も認める家柄、格別に偶されています。 そんなことから団十郎は玄関先で挨拶だけして帰ろうとしました。 しかし引き止められ隠居の宇野意仙のもてなしをうけ、俳句の話ですっかり盛り上がってしまいます。 もう感動ものです。 そこで団十郎はお礼として舞台上で外郎の効能を延べ、恩返しをしたいと申し出ます。 しかし、外郎家側では「宣伝になるから」と言い断りましたが、「この霊薬を広く知らせることは人助けであり世のためである」と主張され許可、そして歌舞伎十八番「外郎」ができたのです。 これは現在でも役者やアナウンサーの練習などにも使われているそうです。 uirou. chiebukuro. yahoo. 小田原のういろうは、室町時代から。 もともと、京都の本家が薬としての外郎(ういろう)を販売し、2代目がお菓子のういろうを作った。 小田原の外郎家は4代目の子。 いまでも外郎家は健在!! 京都の本家が衰退したので、小田原が本家と言っても過言ではない。 今でも小田原の外郎家では、薬の外郎とお菓子のういろうの両方を売っている。 江戸時代の浮世絵や、歌舞伎の「外郎売」に出てくる役者の背負う荷物には、「小田原 外郎」の文字が書いてあります。 名古屋のういろうが有名なのは、東海道新幹線が開通したときに、車内販売されるようになったためです。

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