ヤクルト スワローズ。 ヤクルト

角富士夫

ヤクルト スワローズ

経歴 [ ] プロ入り前 [ ] 3年時のに、投手としてに出場。 大会2号本塁打を放つなど活躍したが、3回戦で敗退した。 でから2位で指名されたことを機に、として入団した。 入団当初の背番号は 41。 ヤクルト時代 [ ] 入団1年目から故障に悩まされながらも、2年目のから一軍公式戦へ出場するなど、徐々に頭角を表した。 入団4年目のには、・との併用ながら、主にとして一軍公式戦87試合に出場。 現役生活で唯一の出場も果たした。 一時は首位打者争いにも加わるほど好調で、の最終に届かなかったものの、打率. 273をマーク。 前身球団を通じても初めてのリーグ優勝と制覇に貢献した。 とのでは、ホームゲームとしてで催された第2戦で特大の本塁打を放つと、第3戦ではスタメンに起用。 しかし、後に故障したため、日本一決定後の胴上げには加われなかった。 背番号を 5に変更した以降も、パンチ力を備えた打撃と、堅実な守備を武器に、正三塁手として長らく活躍。 には、現役生活で唯一の一軍公式戦全(130)試合出場を果たした。 翌には、リーグの規定打席に到達したが、打率は到達者の中で最も低かった(. 245)。 の対戦()では延長10回裏2死で打席が回ってきたが、の前に投手ゴロに倒れた。 試合時間に関する当時のリーグ規定によって、試合は5 - 5のスコアで引き分けに終わったが、この一打によって阪神は球団史上21年振りのリーグ優勝を決めた。 には、前年まで三塁手としてで活躍していたが入団した影響で、正三塁手の座をホーナーに譲った。 ホーナーが1年でMLBに復帰したため、翌から正三塁手に返り咲くと、には現役生活で唯一の打率3割を記録した。 には、セ・リーグの三塁手部門でを獲得するなど、守備面でチームのAクラス入りに貢献。 しかし、前年から打撃成績が低下したため、シーズンの終了後には球団からの減俸提示を受け入れる格好で契約を更改した。 ・にはに正三塁手の座を明け渡すが、には、チームのリーグ優勝決定前日()の対戦でから代打決勝3点本塁打を記録。 と対戦したでも、自身およびチーム15年振りの日本一達成の瞬間を、三塁手としてグラウンド上で迎えた。 に現役を引退したが、に二軍内野守備・走塁コーチへ就任したことを皮切りに、まで44年にわたってヤクルトに在籍。 在籍中には、一軍打撃コーチ()、二軍打撃コーチ( - , )、二軍守備・走塁コーチ( - , - )を歴任した。 からフロント(編成部門)へ異動した が、編成グループ次長だった2018年10月31日に、任期満了でヤクルトを退団した。 ヤクルト退団後 [ ] 学生野球資格の回復に向けて講習会を受講した後に、付でから資格の回復を認定された。 この認定によって、同協会に加盟する大学・高校の硬式野球部での指導が可能になったため、付で硬式野球部の監督に就任した。 同大学には、ヤクルト時代のチームメイトで、コーチ時代に捕手兼任で一軍監督を務めたが特命教授として在籍。 同部の監督に招聘された元・プロ野球選手は、先々代の 、先代の(いずれも角と同じ経緯で招聘)に続いて3人目である。 詳細情報 [ ] 年度別打撃成績 [ ] 25 56 51 11 14 4 0 2 24 4 0 0 1 0 4 0 0 13 1. 275. 327. 471. 798 23 18 17 2 3 1 0 0 4 1 0 0 0 0 1 0 0 3 0. 176. 222. 235. 457 87 370 322 41 88 20 0 7 129 29 2 3 25 0 21 0 2 48 4. 273. 322. 401. 723 48 179 153 27 44 5 0 7 70 21 1 0 5 1 18 0 2 29 8. 288. 368. 458. 826 97 332 295 35 74 12 0 7 107 28 5 2 15 0 21 2 1 52 2. 251. 303. 363. 666 120 486 431 52 121 17 2 18 196 46 2 4 13 1 38 2 3 62 5. 281. 342. 455. 797 126 535 473 50 127 19 2 13 189 47 2 4 18 2 39 1 3 42 10. 268. 327. 400. 727 89 351 314 35 79 11 0 11 123 30 2 0 19 1 16 0 1 31 11. 252. 289. 392. 681 130 538 445 58 119 15 1 11 169 38 1 3 31 3 59 4 0 58 13. 267. 351. 380. 731 122 487 429 42 105 12 2 15 166 54 1 1 16 4 37 1 1 46 13. 245. 304. 387. 691 80 288 248 29 70 9 3 6 103 29 1 1 19 2 18 3 1 27 6. 282. 331. 415. 746 68 183 166 18 36 4 1 5 57 12 0 0 8 0 8 0 1 24 5. 217. 257. 343. 600 98 230 209 16 48 8 0 6 74 23 0 0 8 2 10 3 1 41 7. 230. 266. 354. 620 96 318 282 27 75 17 1 5 109 32 0 2 12 2 20 2 2 46 7. 266. 317. 387. 704 112 409 366 26 110 14 2 6 146 51 2 2 7 6 29 6 1 41 11. 301. 348. 399. 747 106 325 285 21 67 10 1 7 100 34 0 1 7 5 27 2 1 37 16. 235. 299. 351. 650 79 76 66 5 13 1 0 2 20 8 0 1 1 1 8 2 0 14 1. 197. 280. 303. 583 14 15 13 0 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 2 0 0 0 1. 231. 333. 308. 641 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ---- 通算:19年 1521 5196 4565 495 1196 180 15 128 1790 489 19 24 205 30 376 28 20 614 121. 262. 319. 392. 711• 各年度の 太字はリーグ最高 表彰 [ ]• :1回 (三塁手部門:1991年) 記録 [ ] 初記録• 初出場:1976年7月23日、対12回戦()、8回表にに代わりとして出場• 初打席・初安打:1976年8月4日、対14回戦(明治神宮野球場)、7回裏にの代打として出場、から左前安打• 初打点:同上、8回裏にから適時二塁打• 初本塁打:1976年8月10日、対16回戦()、6回表にからソロ 節目の記録• 出場:1回 (1978年) 背番号 [ ]• 41 (1975年 - 1978年)• 5 (1979年 - 1994年)• 82 (1995年)• 76 (1996年 - 2009年) 脚注 [ ].

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東京ヤクルトスワローズ

ヤクルト スワローズ

東京ヤクルトスワローズファンの有名人・芸能人リスト 青山あみ モデル 2015年の公認サポーターになってスワローズファンに。 あだち充 漫画家 熱狂的な燕党。 ファンクラブのイメキャラに浅倉南のデザイン画を提供。 天本英世 俳優・故人 趣味は野球で「読売ジャイアンツが大嫌いだ。 今はヤクルトスワローズを応援している」と答えていた。 荒川静香 プロフィギュアスケーター 五十嵐亮太のファンになってからその後チーム全体を好きに。 フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした」の企画内で公言した。 有森也実 女優 プロ野球は子供のころからヤクルトファン。 アレックス・ラミレス DeNA監督 ヤクルト、巨人、横浜に在籍したが、本人の一番のお気に入りのチームはヤクルト。 飯尾和樹 ずん 芸人 東京都世田谷区出身でヤクルトファン。 楽天ファンと掛け持ち。 飯田友子 声優 アイドルマスターシンデレラガールズで共演しており、かつヤクルトファンである松嵜麗より、飯田哲也氏と同じ名字である事から「哲っちゃん」のニックネームを頂戴している。 石井あや 女流雀士 福岡県出身。 ブログで神宮球場での観戦を載せるほどのヤクルトファン。 地元が福岡なので、パリーグはソフトバンクファン。 2015年、スワローズが日本シリーズ進出を決めた時には、「嬉しいけど、 相手がソフトバンクなので 複雑」と発言。 いしいひさいち 漫画家 タブチくんで阪神・西武のイメージが強いがヤクルトファン。 石川雅規 ヤクルトスワローズ投手 入団以来自身のチームのファンとなり、休養日もフジテレビONEの中継でヤクルトスワローズを応援。 FAをとっても行使せずスワローズ一筋で行きたいですと明言し、他球団にはできる限り行きたくないと明言。 特に巨人と阪神と中日は宿敵だから絶対行きたくないと、ヤクルト愛を熱演。 石原良純 鉄道ファンタレント 大の鉄道ファンとして知られ、野球に関しても「巨人よりヤクルトの方が好き。 なによりかつて国鉄を名乗ってたから」ということで。 ただし、石原一族の他の人物は、石原慎太郎元東京都知事を除き全員巨人ファン。 磯野貴理子 タレント 2018年10月7日放送「はやく起きた朝は・・・」にてヤクルトファンになったことを公言。 磯山さやか タレント・グラビアアイドル 東京ヤクルトスワローズの初代マネージャーでヤクルトファン。 2012年12月に行われたヤクルトの関係者との忘年会にも参加した。 ただし、両親は巨人ファンである。 伊藤克信 タレント ヤクルトファンで2001年放送「タモリ倶楽部」の芸能人ヤクルトファン決定戦に出場。 伊東四朗 俳優 稲垣吾郎 俳優、元SMAPのメンバー 日本テレビでの野球中継に全員で出演した時、野球に疎い香取慎吾がスワローズのマスコットを「スズメ」と言った後に草薙と2人で激怒したことがある。 井上ひさし 劇作家 高校時代から応援していた佐藤孝夫選手の国鉄入団に伴いファンに 岩崎征実 声優 『絶対東京ヤクルトスワローズ』の中のファン代表20人としてコメント。 尾形沙耶香 モデル 2009年~2013年までスワローズの公認サポーターを務める。 2015年に結婚した際には、「夫は久古似。 結婚した年にスワローズが優勝したら最高。 」とコメント。 奥村展征 野球選手 相川の人的補償で巨人から移籍。 「まさかここで目標の宮本さんと同じチームでプレイできるなんて予想だにしない光栄です。 背番号6をいつかは付けます」と入団時にコメントした。 尾崎世界観 ミュージシャン 幼少期からスワローズファンだと公言。 小野ヤスシ タレント 故人。 大のヤクルトファンで、平成元年には「祝優勝!ヤクルトスワローズ」を執筆発売したこともあった。 上柳昌彦 フリーアナウンサー 元ニッポン放送アナウンサー 2008年ドラフト当日のラジオ番組で「赤川を獲らないで下さい」的なニュアンスの発言をした。 さらに田尾が楽天の監督に就任した際に「私、個人的にヤクルトスワローズの大ファンでありまして・・・」とコメント。 甲斐田ゆき 声優 ヤクルトが優勝争いをしている時は毎日スポーツ新聞を買ったり、着メロを東京音頭にするほど熱狂的。 柏木ひなた 私立恵比寿中学 アイドル 2016年神宮開幕戦を観戦。 館山昌平のファン。 川澄綾子 声優 野球観戦でヤクルト戦を見る模様。 かつて所属していた城友博ファンで城の成績をノートに書いていたほど 川本彩 ファッションモデル インスタグラムに乗せるほどのスワローズファン。 神田愛花 フリーアナ 石井一久投手のファンで、ヤクルトのファンクラブに入会していたことをめざにゅ~で告白。 北山修 ミュージシャン・精神科医 国鉄時代からのファン 城戸真亜子 女優・画家 叔父(城戸則文氏)の影響で、中学生のころからファンクラブに入会したほどの熱狂的なファン。 喜瀬浩 フリーアナ 元STVアナ 北海道出身だが、熱狂的なヤクルトファンである。 木下康太郎 フジテレビアナウンサー 小学生のころからヤクルトファンで、当時の夢は「スワローズの選手になる」。 そして現在フジテレビアナウンサーになってもスワローズファンは続いており、自分のオリジナルレプリカユニフォームを作るほど。 スタジアムDJのパトリック・ユウとも仲良しでお互い食事によくいくとのこと。 そして退社後はパトリックさんの後をついでスワローズのスタジアムDJになりたいと公言していた。 11月のファン感謝デーも常連。 さらに、CSのスワローズ中継で彼が実況の際に自軍選手が本塁打を放つと一気に高い声に変わるほど、若くしての熱狂感が伺える。 木下優樹菜 タレント 彼女が所属していた「pabo」で神宮球場に出演した際に、熱狂的に応援。 木村拓也 元巨人・広島選手とは別人 フジテレビアナウンサー お台場合衆国2013にてヤクルトファンであることを公言。 切込隊長 山本一郎 アルファブロガー・会社社長 ブログや著書でたびたびヤクルトを話題にしている。 草彅剛 俳優・タレント・ナレーション・元SMAPメンバー 小さい時からアンチ巨人・ヤクルトファンで、スタジアムDJパトリック・ユウのものまねをするマニアぶり。 野球に疎い香取がマスコットの鳥を「スズメ」と言ったとき「ツバメじゃボケ!色見りゃわかるだろ!」とツッコミを入れた。 剛力彩芽 女優・タレント・歌手 親会社のジョアのCMキャラ出演や、神宮球場の始球式に何度か登場。 コージィ城倉 漫画家 熱心なヤクルトファン。 彼が原作をしている漫画「グラドル」の主人公が所属しているチームのモデルがヤクルトである。 好きな選手は石井一久、五十嵐亮太。 小坂一也 歌手 故人。 国鉄時代からのファン 越川優 男子バレー ブログでヤクルトファンを公言 こせきこうじ 漫画家 代表作「山下たろーくん」の単行本で発言。 児玉清 俳優・司会者 故人。 ニッポン放送の追悼番組にて、ニッポン放送アナウンサー・上柳昌彦が、「児玉さんと私はスワローズの応援仲間で…」と発言。 後藤謙次 ジャーナリスト 自身の出演している「報道ステーション」のスポーツコーナー内にてヤクルトファンであることを公言。 斎藤佑樹 投手 日ハムの指名を拒否せず入団したが、第一志望はヤクルトで「断ってヤクルトの指名を待ったほうがよかった…」と後悔している。 坂上忍 タレント 子供のころから熱狂的なファンで、巨人ファンとよくバトル繰り広げるほど。 ブログでもスワローズを応援。 酒主義久 フジテレビアナウンサー 小さい時から野球少年で、地元のマリーンズが一番好きだった。 でもセ・リーグは巨人は嫌いなので巨人の次に地元に近いスワローズが好きだと明言。 ただ今は働いている場所を考えて、ヤクルト優先とのこと。 先輩の木下アナと一緒に神宮に観戦することもある。 坂元美香 モデル ファン感謝デーに行くほどのスワローズファン。 さだまさし シンガーソングライター 元々は巨人ファンだったがヤクルトファンへ。 元選手兼任監督の古田とは毎年一緒に酒を飲む仲。 神宮外苑を舞台にした曲「絵画館」の歌詞には"スワローズのユニフォーム"というフレーズがある。 佐野史郎 俳優・映画監督 島根県松江市出身だが、ヤクルトファン。 柴咲コウ 女優・タレント アンチ巨人でヤクルトファン。 めざましテレビで発言。 清水由貴子 歌手・タレント 故人。 ヤクルトのCM出演が縁でファンに。 下門美春 プロランナー Twiterのトップ画像をスワローズの画像にするほどのファン。 春風亭昇太 落語家 ヤクルトファン。 笑福亭べ瓶 落語家 大のヤクルトファン。 白石昌則 生協の白石さん 生活協同組合職員 東京農工大学生協の店頭の「プロ野球チップス」見本のカードを土橋選手のカードとした。 「見本カードを変えてほしい」というリクエストに対し、「『土橋から変えて』とありましたが、継続します。 理由は、好きだからです。 」と回答。 新保友映 元ニッポン放送アナウンサー ヤクルト愛に満ちたブログ。 末次鞠野 グラビアアイドル 仲の良い為近あんなから年間シートのチケットを購入して観戦するほどのファン。 周防正行 映画監督 年間数十試合観戦するほどのファン。 鈴木慶一 ミュージシャン 国鉄時代からのファン。 その縁からか、ヤクルトのCMソングを多数担当 高田聖子 女優 ブログでガンガンにヤクルト応援。 高田文夫 放送作家 長嶋一茂入団後巨人ファンから転向。 立川恵 漫画家 スポーツ観戦を趣味とし特にプロ野球観戦を好む。 生粋の東京人で好きな球団は東京ヤクルトスワローズ。 館山昌平 ヤクルト投手 FA権を行使せず生涯ヤクルト宣言。 田邊絵莉 アイドル Twitterでヤクルトファンを公言。 田名部生来 AKB48 アイドル 阪神ファンを公言していたが、2015年4月3日の神宮でのヤクルト戦では諸事情で一塁側に座ったことがきっかけで「洗脳」され、同年には神宮で20回以上観戦。 倉持明日香や名取稚菜ら野球好きメンバーや単独で神宮球場に頻繁に観戦に訪れている。 玉城マイ パチンコライター・グラビアアイドル インスタグラムなどSNSに投稿するほどのスワローズファン。 溜口佑太朗 ラブレターズ お笑い芸人 東京ヤクルトスワローズの大ファンであり、2006年からヤクルトが本拠地としている神宮球場でバイトをしている。 オールナイトニッポン0でもヤクルトの話やヤクルトに関連したコーナーがある。 為近あんな 女優・グラビアアイドル 西田明央がキッカケでファンになった。 自身が高校生のとき、春の甲子園で北照高校の選手だった西田明央が選手宣誓をしていて、そこから応援するようになったという。 神宮球場の年間シートを自腹で購入し、西田明央が試合に出るときは、極力、球場まで行くようにしている。 樽美酒研二 ゴールデンボンバー バンドマン・ドラマー 宮本選手、石川選手、館山選手のファン。 2012年7月11日の横浜DeNA戦で始球式 入団テスト を受けた。 西武ファンと掛け持ち。 千葉紗子 声優 熱狂的ではないが古田敦也のファンだったことをブログで公言。 九十九一 タレント プロ野球はスワローズファン。 出川哲朗 俳優・タレント 球団公認名誉ファンクラブ会員第1号。 以前週刊誌に神宮球場でのデートの様子が掲載された。 安田投手のファンになって以来のファン。 寺原隼人 プロ野球選手 プロになる前は巨人に入りたいという発言をしていたが、実は「ユニフォームが格好いいから」という理由でヤクルトファン。 Wikipediaより。 徳島早苗 漫画家 趣味がプロ野球・高校野球観戦でヤクルトファンとのこと。 富澤たけし サンドウイッチマン 芸人 セリーグではヤクルトファンとブログで公表。 富田千穂 モデル Twitterでヤクルトファンと公言。 生まれた子供にスワローズのユニフォームを着せるほどの熱狂ぶり。 豊島わかな モデル グラゼニ女子の1人。 ヤクルトの公認サポーターになりたいと言うほどのスワローズファン。 3代目中村福之助 歌舞伎役者 2016年9月10日のスポーツ報知でヤクルトファンと書かれている。 但し、両親はカープファンで、兄は巨人ファン。 名取稚菜 元AKB48 アイドル 母の影響でファン。 度々神宮で観戦。 バレンティンの年間本塁打新記録を神宮球場で観戦。 なお、母親は畠山和洋のファン。 成瀬善久 ヤクルト投手 FA移籍先をヤクルトに決めた理由は関東球団希望のほか、少年時代の憧れの選手だった石井一久の全盛期の所属チームだったため。 生天目仁美 声優 ブログ・ラジオ等で話題にすることが多い。 また巨人は強すぎるから面白くない、当時の阪神は弱かったからイヤだった、ドラフトの際の意中の球団は横浜でロッテは一番行きたくない球団だったということも明かしている。 二所ノ関六男 親方(元大関若嶋津) 角界きってのヤクルトファン。 奥さん(元歌手高田みづえ)とともによく神宮球場で観戦する。 野際陽子 女優・元NHKアナウンサー 故人。 国鉄時代からのファンだった。 野崎鮎 AYU ものまねタレント・歌手 SNSでユニホーム姿をUPする程のスワローズファン。 羽田健太郎 ピアニスト 故人。 神宮球場で何度か東京音頭を演奏したことがある。 畠山和洋 現役選手 「ヤクルトという球団が好きだ。 俺は現役を続ける限り、このチームを離れることはない。 戦力外通告を受けたら引退する」と生涯ヤクルト宣言をした。 林田健司 歌手 2009年、スワローズ応援ソング「We Are The Swallows」を提供。 橋本奈穂子 NHKアナウンサー 夫は巨人ファンだが本人はスワローズファン。 NHK「ケータイ大喜利」でのアナウンサー紹介で今田耕司が発言。 パトリック・ユウ 球団専属DJ DJになる前から熱狂的なスワローズファンで、「スワローズにかかわる仕事をしたい。 でも選手は無理だからDJで球場を盛り上げたい」と将来の夢を立て、それが叶う形で現在に至る。 坂東亀三郎 歌舞伎役者 神宮球場スタジアムDJパトリック・ユウと『絶対東京ヤクルトスワローズ』という本を一緒に出すほどの熱狂的なヤクルトファン。 Twitterでファンに観戦マナーを求めるなど模範的なファン。 日色ともゑ 女優 国鉄時代からのファン 平井理央 タレント・元女子アナ 巨人ファンを自称していた時もあるが、実際はヤクルトファン。 ただし祖父と父親は本物の巨人ファン。 廣田あいか 私立恵比寿中学 アイドル メンバーの柏木ひなたと神宮に行ったのをきっかけにヤクルトファンになったようで鉄道に詳しくない柏木ひなたに「昔国鉄スワローズだったんですよ」と紹介した。 風藤松原 お笑いコンビ 度々ネタに使用している。 深浦加奈子 故女優 古田敦也のファンだった。 福井優也 楽天投手 大学時代は試合終了後そのままヤクルト観戦をするほど熱狂的なファンだった。 アンチ巨人とドラフト下位の不満を出し、巨人の指名を断ったのは有名。 福岡政行 政治学者 ヤクルトファンで始球式を務めた。 降幡愛 声優 2017年4月13日に神宮に来ていた インスタグラムの投稿。 現在は削除された。 喜んでいたためヤクルトファンと思われる。 古市コータロー THE COLLECTORS ギター、俳優 川崎憲次郎と対談している。 毎日のように神宮球場に足を運ぶ時期もあった。 福田萌 タレント つばめっ娘クラブ就任からファンに。 ブログでたびたびヤクルトのことを話題にしている。 弟が観戦するとヤクルトは負けないとか。 しかし、幼少期は家族全員が大の巨人ファンで他球団は全てアンチだった。 ベッキー タレント かつては巨人ファンで元木選手のファンであったが、高井雄平選手の入団を機にヤクルトファンに転向。 パ・リーグは日本ハムファン。 ベンガル 俳優 プロ野球はスワローズファン。 星野ルネ 黒人タレント 野球は「スワロ~~ズ~アメ~ジング~」と、ヤクルトファンであるのを公言。 細貝沙羅 元フジテレビアナウンサー 神宮球場が好きでヤクルトファンだと公言。 大学野球も見に行く。 ジョアも愛飲している。 本田朋子 アナウンサー 「すぽると! 」の絡みで、ヤクルトを応援するコメントをたびたび言っており、「最近ヤクルトファン」と発言している。 藤田薫子 タレント 2010年 第2期 『Swallows Wings』のメンバーで、年間20試合以上神宮球場に通うほどのスワローズファン。 藤田晋 サイバーエージェント社長 2010年ヤクルトのサイバーエージェント買収の話題の際、「初耳、ヤクルトファンだからうれしいけど。 とTwitterに書き込み。 前田吟 俳優 熱狂的な燕党。 新聞・雑誌等でファン代表としてコメントすることも多い。 前田有紀 アナウンサー 大学時代ヤクルトファンであったことを明言した。 益子卓郎 U字工事 漫才師 地元栃木出身の真中満元外野手 元監督 のファンだった。 相方は横浜ファン。 増渕竜義 元ヤクルト・日本ハム投手 母親がヤクルトレディであったことから、プロ入り前からヤクルトファン。 松井淳 元プロ野球選手 スワローズの公式プロフィールで「元々スワローズファンなので入団できて嬉しい」とコメントしている。 松尾翠 元女子アナ ゆるキャラが好きで、スワローズのマスコットのつば九郎が「つばさんぽ」という地域訪問をしている様子を偶然見た際、つば九郎がゆるキャラばりの活躍をしているのを見て一目惚れし「スワローズは面白い!」とコメントした。 松尾陽介 ザブングル 芸人 名古屋市出身だが、ヤクルトファン。 たびたび観戦に行くほど。 松嵜麗 声優 Twitter上で度々スワローズに関する発言が見られる。 それどころか本人が声優として出演しているゲームのラジオ番組の中でもそのゲームの話しよりもヤクルトの話ばかりするという逸話も。 最近では戸田まで行き2軍戦も観戦するほど熱狂的。 松本英子 歌手 ソフトで全国大会に出場、ブログで燕党。 松本潤 嵐 タレント 子供のころからヤクルトファン。 2016年1月21日の「VS嵐」での対東京ヤクルトスワローズ戦で告白。 三宅裕司 俳優・タレント・司会者 出演番組で公言。 三上真奈 フジテレビアナウンサー デビューが同年の小川泰弘と取材時に交友が付き、そのあと一時交際の噂があった。 宮瀬茉祐子 元フジアナ 親は巨人ファンだが本人はヤクルトファン。 2009年にはCSスワローズライブのリポーター、さらに同年8月28日の中日戦でレディスデー企画としてスタジアムDJのパトリック・ユウに代わりホームスタメン発表を務めた。 宮地真緒 女優 兵庫県淡路島の出身で、もとは阪神ファンだったが「今はヤクルトファン」。 2012年入社の際、去年は2010年後半戦の勢いそのままずっと首位だったんだけど最後のところで中日に抜かれて残念だったと惜しをセリフを述べた。 村上春樹 作家 球団公認名誉ファンクラブ第2号。 東京に移り住んだ時に、東京の球団を応援しようと決め、一番家から近かったヤクルトを選んだ。 ヤクルト対広島戦でヒルトンのツーベースの軌跡を見て小説家になろうと突然悟る。 村上真由子 ニッポン放送アナウンサー 担当番組で度々話題に出している。 山崎育三郎 ミュージカル俳優 熱狂的な古田ファン。 古田のように眼鏡をかけてプレーしたいが故に、視力検査でわざと間違えて、検査結果で視力を落とし母親に頼んで眼鏡を作ってもらった事がある。 矢部みほ タレント 北海道出身だがスワローズファン。 山本コータロー シンガーソングライター 熱狂的な燕党であることをメディアで度々公言している。 山本萩子 フリーアナウンサー セントフォース Twitterにも載せるほどのスワローズファン。 某バラエティ番組でもコテコテのファンであると紹介される。 山本祐香 タレント・ラジオパーソナリティー Twitterでヤクルトファンと公言。 大学野球も好きで、本人曰く「神宮球場に住みたい」とのこと。 A プロレスラー 東京ヤクルトのファンで試合入場でヤクルトのユニフォームを着て入場するときもある。 2007年に五十嵐に覆面を渡しスワローズマンを誕生させる。 雄平 スワローズ選手 2014年6月25日の30歳の誕生日でのヒーローインタビューで「スワローズ最高!! 」と笑顔の言葉で締めた。 湯沢祐介 プロカメラマン NHK「大! 天才てれびくん」の企画でスワローズファンという事が明らかになった。 ゆってぃ 芸人 神宮球場のライトスタンドには小学校の時から通っており、池山の引退試合で当時付き合ってた彼女の横で本気で涙を流した。 読売巨人軍ラミレスのパフォーマンスの候補に持ちギャグである「ワカチコ」が最終候補まで残ったが、自身がスワローズファンだから。 と採用を拒否した。 チバテレビ「白黒アンジャッシュ」より 吉田サラダ ものいい 芸人 元ヤクルトの増渕竜義選手の大ファン。 真中満や由規、上田剛史などの選手とプライベートで親交が深い。 浦添キャンプにも毎年応援に行く。 納会にも参加している。 石井一久のニコ生番組 スポヲチ でヤクルト芸人として出演。 番組での自己紹介は「どうも山田哲人です!違うか!」。 ラリゴ お笑い芸人 BSスカパーの『HAPPY MONDAY BASEBALL』にヤクルトファン代表として登場。 知人男性 上田剛史 と親交が深い。 神宮球場に通いやすくするために西麻布に住んでいるというほど熱狂的なファン。 ローラ ハーフタレント 出演番組でヤクルトファンを公言。 渡辺明 棋士 ブログやインタビューなどで発言、息子をプロ野球選手にするのが夢。 渡辺和洋 フジテレビアナウンサー 野球全般が好きで一番好きな球団といえばスワローズと回答。

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角富士夫

ヤクルト スワローズ

経歴 [ ] プロ入り前 [ ] 3年時のに、投手としてに出場。 大会2号本塁打を放つなど活躍したが、3回戦で敗退した。 でから2位で指名されたことを機に、として入団した。 入団当初の背番号は 41。 ヤクルト時代 [ ] 入団1年目から故障に悩まされながらも、2年目のから一軍公式戦へ出場するなど、徐々に頭角を表した。 入団4年目のには、・との併用ながら、主にとして一軍公式戦87試合に出場。 現役生活で唯一の出場も果たした。 一時は首位打者争いにも加わるほど好調で、の最終に届かなかったものの、打率. 273をマーク。 前身球団を通じても初めてのリーグ優勝と制覇に貢献した。 とのでは、ホームゲームとしてで催された第2戦で特大の本塁打を放つと、第3戦ではスタメンに起用。 しかし、後に故障したため、日本一決定後の胴上げには加われなかった。 背番号を 5に変更した以降も、パンチ力を備えた打撃と、堅実な守備を武器に、正三塁手として長らく活躍。 には、現役生活で唯一の一軍公式戦全(130)試合出場を果たした。 翌には、リーグの規定打席に到達したが、打率は到達者の中で最も低かった(. 245)。 の対戦()では延長10回裏2死で打席が回ってきたが、の前に投手ゴロに倒れた。 試合時間に関する当時のリーグ規定によって、試合は5 - 5のスコアで引き分けに終わったが、この一打によって阪神は球団史上21年振りのリーグ優勝を決めた。 には、前年まで三塁手としてで活躍していたが入団した影響で、正三塁手の座をホーナーに譲った。 ホーナーが1年でMLBに復帰したため、翌から正三塁手に返り咲くと、には現役生活で唯一の打率3割を記録した。 には、セ・リーグの三塁手部門でを獲得するなど、守備面でチームのAクラス入りに貢献。 しかし、前年から打撃成績が低下したため、シーズンの終了後には球団からの減俸提示を受け入れる格好で契約を更改した。 ・にはに正三塁手の座を明け渡すが、には、チームのリーグ優勝決定前日()の対戦でから代打決勝3点本塁打を記録。 と対戦したでも、自身およびチーム15年振りの日本一達成の瞬間を、三塁手としてグラウンド上で迎えた。 に現役を引退したが、に二軍内野守備・走塁コーチへ就任したことを皮切りに、まで44年にわたってヤクルトに在籍。 在籍中には、一軍打撃コーチ()、二軍打撃コーチ( - , )、二軍守備・走塁コーチ( - , - )を歴任した。 からフロント(編成部門)へ異動した が、編成グループ次長だった2018年10月31日に、任期満了でヤクルトを退団した。 ヤクルト退団後 [ ] 学生野球資格の回復に向けて講習会を受講した後に、付でから資格の回復を認定された。 この認定によって、同協会に加盟する大学・高校の硬式野球部での指導が可能になったため、付で硬式野球部の監督に就任した。 同大学には、ヤクルト時代のチームメイトで、コーチ時代に捕手兼任で一軍監督を務めたが特命教授として在籍。 同部の監督に招聘された元・プロ野球選手は、先々代の 、先代の(いずれも角と同じ経緯で招聘)に続いて3人目である。 詳細情報 [ ] 年度別打撃成績 [ ] 25 56 51 11 14 4 0 2 24 4 0 0 1 0 4 0 0 13 1. 275. 327. 471. 798 23 18 17 2 3 1 0 0 4 1 0 0 0 0 1 0 0 3 0. 176. 222. 235. 457 87 370 322 41 88 20 0 7 129 29 2 3 25 0 21 0 2 48 4. 273. 322. 401. 723 48 179 153 27 44 5 0 7 70 21 1 0 5 1 18 0 2 29 8. 288. 368. 458. 826 97 332 295 35 74 12 0 7 107 28 5 2 15 0 21 2 1 52 2. 251. 303. 363. 666 120 486 431 52 121 17 2 18 196 46 2 4 13 1 38 2 3 62 5. 281. 342. 455. 797 126 535 473 50 127 19 2 13 189 47 2 4 18 2 39 1 3 42 10. 268. 327. 400. 727 89 351 314 35 79 11 0 11 123 30 2 0 19 1 16 0 1 31 11. 252. 289. 392. 681 130 538 445 58 119 15 1 11 169 38 1 3 31 3 59 4 0 58 13. 267. 351. 380. 731 122 487 429 42 105 12 2 15 166 54 1 1 16 4 37 1 1 46 13. 245. 304. 387. 691 80 288 248 29 70 9 3 6 103 29 1 1 19 2 18 3 1 27 6. 282. 331. 415. 746 68 183 166 18 36 4 1 5 57 12 0 0 8 0 8 0 1 24 5. 217. 257. 343. 600 98 230 209 16 48 8 0 6 74 23 0 0 8 2 10 3 1 41 7. 230. 266. 354. 620 96 318 282 27 75 17 1 5 109 32 0 2 12 2 20 2 2 46 7. 266. 317. 387. 704 112 409 366 26 110 14 2 6 146 51 2 2 7 6 29 6 1 41 11. 301. 348. 399. 747 106 325 285 21 67 10 1 7 100 34 0 1 7 5 27 2 1 37 16. 235. 299. 351. 650 79 76 66 5 13 1 0 2 20 8 0 1 1 1 8 2 0 14 1. 197. 280. 303. 583 14 15 13 0 3 1 0 0 4 2 0 0 0 0 2 0 0 0 1. 231. 333. 308. 641 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ---- 通算:19年 1521 5196 4565 495 1196 180 15 128 1790 489 19 24 205 30 376 28 20 614 121. 262. 319. 392. 711• 各年度の 太字はリーグ最高 表彰 [ ]• :1回 (三塁手部門:1991年) 記録 [ ] 初記録• 初出場:1976年7月23日、対12回戦()、8回表にに代わりとして出場• 初打席・初安打:1976年8月4日、対14回戦(明治神宮野球場)、7回裏にの代打として出場、から左前安打• 初打点:同上、8回裏にから適時二塁打• 初本塁打:1976年8月10日、対16回戦()、6回表にからソロ 節目の記録• 出場:1回 (1978年) 背番号 [ ]• 41 (1975年 - 1978年)• 5 (1979年 - 1994年)• 82 (1995年)• 76 (1996年 - 2009年) 脚注 [ ].

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