千と千尋 屋台。 日本最大のヒット作『千と千尋の神隠し』この映画が大ヒットした理由とは?

「千と千尋の神隠し」食事シーンでお父さんが食べるプニプニは肉圓?ジブリの回答

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お好きな内容からどうぞ• 「千と千尋の神隠し」食事シーンでお父さんが食べるプニプニは肉圓(バーワン)じゃない! 「千と千尋の神隠し」食事シーンでお父さんが食べるプニプニを調べていると、肉圓(バーワン)ではないかという説が多く見受けられました。 永楽市場屋台にて 肉圓 千と千尋の神隠しにて序盤のお父さんが食べていた謎の食べ物の正体と言われている料理 ぷるぷるもちもち食感の謎の饅頭 中には豚肉、筍、茸に栗に金糸玉子と内容たっぷり食感豊かな逸品 甘くて辛くて酸っぱいタレをかけていただく — 李徴子 lilygrass108 肉圓(バーワン)は、台湾でとても愛されている食べ物で、庶民の味なのだとか。 肉圓(バーワン)は、プニプニっとした生地の中に椎茸や豚肉などを詰めて蒸した食べ物で、甘辛いタレなどをかけ食べるそうです。 筆者も実際に台湾の「九份」に行ったことがありますが、提灯(ちょうちん)が灯るノスタルジックな風景は、「千と千尋の神隠し」の世界に入り込んだかのようでしたし、町の一角には「カオナシ」に似たお面が飾ってもありました。 「千と千尋の神隠し」が「九份」を舞台にしているのではないか?という点から鑑(かんが)みても、千尋のお父さんが食べてるプニプニは「肉圓(バーワン)」の可能性が高そうです。 というのも、肉圓(バーワン)は九份の名物料理でもあり、美味しいお店が町中に点在しているからです。 ところが!! 肉圓(バーワン)ではないようなのです!!! お父さんが食べる プニプニについて、 スタジオジブリが本当の正体を言及しているんです!!!!! 「千と千尋の神隠し」食事シーンでお父さんが食べるプニプニのジブリの回答 「千と千尋の神隠し」食事シーンでお父さんが食べるプニプニについて気になった筆者ですが、同じ様にプニプニの正体が気になった方がいたみたいです。 そして、その方はなんと、スタジオジブリに、直接、手紙を送ってプニプニの正体を問い合わせたそうです。 プニプニの正体が気になって手紙を送った方が、スタジオジブリからの回答をツイッターでシェアしていました。 鶏肉のようにも見えますが、お母さんが「骨まで柔らかいよ」と言っているので、鶏だとしたらまるごと食べるのは無理です。 湯婆婆によると「お客様の食べ物」ということですから、神様たちと、彼らをもてなすこの世界の住人しかわからない生き物の料理なのでしょう。 しかし、千尋が「この町はおかしい」と気付いた頃、お父さんお母さんはすっかり豚になり言葉も失っているというのは、あまりにタイミングが良すぎる気がします。 「お客様の食べ物」であるだけでなく、「迷い込んだ人間を待ち受ける罠」と考えてもいいかもしれません。 食べ物としてだけではなく、迷い込んだ人間を待ち受ける罠というメタファーを含ませてくるあたりが、さすがスタジオジブリ!というかんじです。

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「千と千尋の神隠し」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|宮崎駿

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今回は 「名作の考察・解釈・謎解き・解説」をテーマに記事を書いていきます。 「強いメッセージ性は感じるけど、意味が良く分からない」という名作や名言って、沢山ありますよね? それを、RINRISM的に考察し、解釈して、その名作や名言をより深く理解できるような手助けが出来ればと思っています。 せっかく「名作・名言」なのだから、その素晴らしい価値が、より深く、より多くの人に伝わったのなら、 それを作った人にとっても本望なのではないかと思います。 もちろん、考察や解釈は人それぞれで良いのだと思います。 あくまでも主観的な解釈であり、「これを伝えたいんじゃないかな?」という視点で解釈していきます。 さて、本題です。 僕、アニメが大好きです。 その中でも宮崎駿監督のジブリ映画は大好きです。 …という事で、今回解釈するのは スタジオジブリの名作 「千と千尋の神隠し」です! ・・・先にお伝えします。 ネタばれ有りです! ・・・さて、千と千尋の神隠しと言えば に公開。 興行収入は300億円を超え、第1位の記録 は現在も塗り替えられていない。 批評的にも日本国内にとどまらない評価を受けた。 ではを受賞。 ではを受賞した。 同部門を受賞した唯一の手描きアニメーションであり、唯一の日本のアニメーション映画である。 とにかく、記録的に大ヒットしましたよね。 これは名作です。 そのまま何も考えずストーリーで見ただけでも面白いですし、全てにおいてクオリティがとても高いと思います。 そして作中には「強いメッセージ性」を感じるシーンが、多々あります。 これは、宮崎駿監督がこの作品を通じて「何か」を伝えたがっていると思うわけです。 ご両親が豚になったシーンの意味• 「名前を取られる」の意味• なんで風俗店がテーマなの?• カオナシってなんなの?• 千尋が最後に、豚の中から両親を探すとき、この中に居ないとなぜわかったの?• 湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)に分ける意味• 最初赤かったトンネルが、最後色が違うのはなぜ?• 千尋が現実世界に戻っても、銭婆にもらった髪留めだけが残った意味 などが、この作品の「謎」であり「メッセージ性」を感じる部分です。 根拠を読み取りながら、 一つずつ、解釈していきます。 千と千尋の神隠しのテーマ 宮崎駿監督が、この作品を通じて人に伝えたかった事。 すなわち 「この作品のテーマ・メッセージ」から、お伝えする事が必要だと思います。 ・・・いきなり、重々しく感じるかもしれませんが(笑) で書いたように、この社会には、洗脳が溢れています。 宮崎駿監督は、それをどうにかしたいがゆえに、この作品を作ったのではないかと私は思っています。 何事も結論から話すと、分かりやすくなるものです。 とりあえず今は「へーそうなんだ」くらいに思って頂ければと思います。 下記の謎解きと、解釈を読んで頂ければ「そうかもしれない」と思ってもらえると思います。 ご両親が豚になったシーンの意味 この映画を見始めて、最初に衝撃を受けるシーンは 「パパとママ、豚になっとる!」 というシーンだと思います。 僕は小学生の時にこの映画を見たのですが、トラウマになりそうなくらいの衝撃でした。 そのシーンまでのざっくりした流れとしましては、、、 不思議な街に、千尋とご両親が入ってしまって、 屋台っぽい場所に美味しそうな料理が並べられていて、 パパとママが「お、うまそうだな」とか言いながら、ためらい無くその料理を食べ始める。 そして千尋は「やめようよ~」とか言い、止めようとするが、パパママは「うまいうまい」と言って止まらない。 そして千尋が一人で探索していたらハクと出会い「ここにはいてはいけない!」と怒られて、千尋はパパとママの居るところに戻る。 そしたら、パパとママ豚になっとる・・・。 ・・・という流れです。 この衝撃的なシーンには、どんなメッセージが込められているのでしょうか? 単純に 「魔法のやばい世界に入っちゃった」と捉えるには、もったいないくらい、衝撃的なシーンです。 ・・・辛辣な表現にもなってしまいますが、 豚とは、代表的な家畜です。 人に、人のために、飼いならされているのが家畜です。 ほとんどの大人たちは、この社会で生きるうちに洗脳されて、家畜化させられてしまっています。 (辛辣な表現ですみません) TVの情報、新聞の情報、メディアの嘘の情報にさらされているうちに、嘘の情報を信じ込んでしまっています。 すなわち洗脳され、社会の上の方の人たちにとって都合が良いように、働くように、疑わないように「飼いならされて」しまっています。 そして、子供なら 『こんなの変だ!』と素直に思うような嘘の情報を、簡単に信じ込んでしまっています。 ・・・宮崎駿監督は、まずそれを伝えたかったのだと思います。 「社会には洗脳が溢れていて、みな洗脳されてしまっている」ということを伝えたかったのだと思います。 気付かぬうちに、社会に飼いならされて家畜化されてしまっていることを、伝えたかったのだと思います。 豚=代表的な家畜 疑わずに、バクバク食べる=情報の鵜呑み 子供なら簡単に「変だ」とわかる事が、分からない大人たち これが、このシーンの意味だと、僕は解釈しています。 「名前を取られる」の意味 【名言の紹介】 ハク「湯婆婆は相手の名を奪って支配するんだ。 いつもは千でいて、本当の名前はしっかり隠しておくんだよ」 ハク「名を奪われると、帰り道が分からなくなるんだよ。 私はどうしても思い出せないんだ」 ・・・この映画では、 「名前を忘れてはいけない」「名前を湯婆婆に取られたら、一生この環境から抜け出せない」 という表現が良く登場します。 「名前」というものは、その人のアイデンティティであり、個性であり、名付けた親の思いが込められています。 すなわち名前には「自分の生まれた意味」が込められています。 「名は体を表す」のです。 キャプテンと呼ばれれば、だんだんキャプテンらしくなっていくものですし、 社長と呼ばれれば、だんだん社長らしくなっていくものです。 (名前、呼び名というものは奥が深いので、いつか別に記事を書きたいと思います) ・・・この社会には、 この社会に適合するように頑張って生きているうちに、 「自分の生まれた意味」を忘れさせる仕組みがあります。 お金のために、生きるために、家族を守るために、常識から外れないようにするために、と頑張って生きているうちに、 「自分は誰で、何をしたい人か」つまり 「自分の生まれた意味」という、大事なことを忘れさせられるのです。 宮崎駿監督は、それを伝えたかったのだと思います。 なんで風俗がテーマなの? 千尋が「湯女」として働くことになる、湯婆婆の「湯屋」は、 表向きには「神様が疲れをいやす温泉旅館」のような環境として描かれていますが、 実際のところ「風俗店」であるという裏話があります。 「湯女」=「遊女」であるらしく、あの湯屋は、風俗店であるらしいです。 〈風俗店と資本主義社会の共通点〉• 生きるために、上の存在の快感を満たす世界• 神様的な偉い人のために、身を削って働いている• それが出来ないと、生きられない• 疑わずにそこで働かせるために、洗脳する• そして、「自分は誰で何をしたい人か」という「名前」を取られていく。 という事です。 湯婆婆「契約書だよ。 そこに名前を書きな。 働かせてやる。 その代わり嫌だとか、帰りたいとか言ったらすぐ子豚にしてやるからね」 という湯婆婆の、ブラック企業的なセリフが代表するように 風俗店も、資本主義社会も、 「神様的な偉い人」「支配者」の快適な生活のために、その社会で生きる一般人は、生きるために身を削って働かされているという事です。 すなわち「搾取」です。 下から上に吸い上げるようにして、生きるために働かせるようにして、この資本主義社会は成り立っています。 ピンと来ない方も、これについては少し調べてもらえればわかります。 宮崎駿監督は、それを皆に気付かせて、それに警鐘を鳴らしたかったのだと思います。 (中略)みんな千尋が暮らす湯屋の従業員部屋のような、ああいうものだったんですよ。 日本は少し前までああいう感じだったんです。 ぼくの考察の根拠として、追記させて頂きます。 要するに、宮崎駿監督が「湯屋」を通じて伝えたかったことは、 「あの湯屋の環境は、日本の社会の環境と同じだ」という事ではないでしょうか? カオナシって何なの? 『カオナシって何者なの?何なの?』 という疑問は、この映画を見たほとんどの人に生まれる疑問だと思います。 カオナシ=「名無し」 であるのだと思います。 つまりは、先ほどからの解釈と照らし合わせると 「自分は誰で何をしたい人か」が無い存在。 であるのだと思います。 〈カオナシの特徴〉• 「欲しい」が口癖• 「他者を食べること(奪うこと)で、ステータスを上げていく」 この社会に適合しようとして頑張って生きているうちに 「名前」が奪われ、「名無し」になり、「カオナシ」になり、「自分は誰で何をしたい人か」という事を忘れさせます。 そして、忘れた上でやることは「欲の追求」です。 『良い女が欲しい、良い車が欲しい、良い家が欲しい』と、 自分の本来の目的「自分は誰で何をしたい人か」という欲求ではなく、 作られた目先の欲を追求するようになってしまいます。 そして、自分第一主義になってしまいます。 自分と一握りの身内だけが、得をするように、得をするように、生きるようになってしまいます。 自分より下のものから搾取したり、自分を守るために行動したり、自分のストレスを解消するために目下の者に当たり散らしたりする。 いわゆる「ブラック企業」ですね。 そして「貰う事、奪う事が目的」になってしまいます。 「もらう事が目的」という事は、それは「価値のある人生」とは真逆です。 価値のある人生とは「与える事を優先する」ことで手に入ります。 宮崎駿監督は、 社会には、カオナシのような人「もらう事を優先する人」を生み出すシステムがあるのだと、 伝えたいのだと思います。 あそこを出た方がいいんだよ」 というのがあります。 それは、そういう事です。 この社会に適合して生きようとするから、そうなってしまうのです。 この社会のシステムから抜け、この作られた常識から抜ければ、 今どんなにブラックなカオナシみたいな人も、みな本当は良い人なのです。 湯婆婆(ゆばーば)と銭婆(ぜにーば)に分ける意味 ストーリー的には、千尋の職場の支配者の 「湯婆婆」には、双子の姉の 「銭婆」が居ます。 物語の終盤。 千尋は銭婆を訪ね、相談に乗ってもらいます。 湯婆婆と、銭婆。 「欲」と「良心」。 どちらも、誰でも持ち合わせているものです。 しかし、この両者が両立しないという状況は、存在します。 宮崎駿監督が伝えたかったのは、 「二面性を持たないと、この社会システムでは生きられない」 という事だと思います。 「湯婆婆」の強欲で、お金第一主義で、人を大切にしないキャラクター。 その正反対の 「銭婆」の、心を感じられ、愛情があり、質素で、人を大切にするキャラクター。 銭婆「あたしたちは二人で一人前なのに気が合わなくてねぇ」 そうです。 「欲」と「良心」というものは、全ての人が持っているのです。 しかし、それを切り離して「二面性」を持たなくては、生きられない社会になってしまっているのです。 分かりやすい例だと「ハク」がそうです。 二重人格キャラですよね。 千尋に「優しい心」を見せたかと思えば、湯婆婆の元で生きるため「心ない冷徹で効率的」な人にもなる。 ・・・この社会は、そうなってしまうシステムがあるのです。 二面性無くして、生きられなくなってしまっているのです。 「会社ではひどい上司だけど、家では良いパパ」 こういう人は、沢山いるのだと思います。 宮崎駿監督は、 『二面性を持たずしては生きられない社会ではダメだ』と、言いたいのではないでしょうか。 この社会は、「良心より欲を優先するようにさせるシステム」があります。 良心も欲も、両方あって一人前の人間です。 しかし、欲を優先するばかりで、良心の部分がないがしろになってしまう、社会になってしまっています。 本当は、欲も良心も、両立できるはずです。 「他者を優先する気持ち」というものは、人間誰しも持っています。 心理学的に言うところの「返報性」というやつです。 皆、本来それを持っているのに、その優先順位が低くなってしまっているのです。 「欲よりも、心を優先する社会システム」は、作れるはずです。 それが、目指すべき良い社会であると、僕は思います。 ・・・カオナシは、湯婆婆の環境を離れ、銭婆の元に居場所を与えられて働くことになります。 そして、描かれてはいませんが、カオナシは本来持っていた「素朴な良い心」を引き出して働いていくのだと思います。 どんな悪い人も皆、この社会システムにいるから、そうなってしまうのです。 この社会システムに間違いがあるのだと、宮崎駿監督は伝えたいのだと思います。 この社会のあらゆる問題は、 この社会システムの間違いから始まる。 千尋が最後に、豚の中から両親を探すとき、この中に居ないとなぜわかったの? 千尋が「もとの世界に戻るために呪いを解く試練」として、湯婆婆から問題を出されます。 「沢山いる豚の中から、千尋の両親を探し当てろ」という問題です。 そして千尋は答えます。 千尋「おばあちゃんだめ、ここにはお父さんもお母さんもいないもん」 みんな「大当たり~~!」 ・・・そして、千尋の呪いは解けます。 ・・・ここが、見てる人にとって一番の 「なんで?」ってポイントだと思います。 この社会には洗脳があり、 全ての人が、大なり小なり、洗脳されてしまっています。 それを解くための方法は 「挑戦」なのです。 目的を持ち、挑戦し、失敗し、反省することで、自分の中の間違った情報(洗脳されていた部分)に気付くことが出来ます。 そして、その間違った情報に気付き、取り除いて行くことで洗脳から解放されて生き、理想的な人生が手に入ります。 (詳しくは過去の記事をご参照ください) 千尋は、湯婆婆の作る環境の常識にとらわれず、 「元の世界に戻る」という目的を持ち続け、沢山の挑戦と失敗を繰り返したことで、湯婆婆の洗脳が解けたのです。 奪われかけた名前を、取り戻したのです。 つまり「自分は誰で何をしたい人か」を取り戻したのです。 ・・・その「洗脳から解放された千尋」だから、たくさんいる豚を見た時に「明らかに、ここに両親はいない」と分かったのです。 「洗脳され切った人」と、 「洗脳されていない人」とでは、 世界の見え方が違います。 宮崎駿監督は、それを伝えたかったのだと思います。 ・・・さて、ここでクエスチョンです。 ではなぜ、映画を視聴している観客である我々は 「あの中に両親が居ない」と、分からなかったのでしょうか? あのシーンについて、どのように目を凝らして、並んでいる豚さんを見ても、 観客の我々には、本物の両親を見つけられなかったはずです。 見つけるためのヒントのようなものも描かれていません。 ・・・これは、宮崎駿監督なりの、風刺であり、ブラックなジョークに見えて仕方がないのですが。 我々が見えなかった理由は、 「我々が皆、洗脳されているから」です。 ・・・これは、笑うところです。 あのシーンを通じて 「みんな社会に洗脳されてんだよ!」 という事を、宮崎駿監督は我々に伝えたかったのだと思います。 これは、スタンディングオベーションすべき、強烈な、ナイスジョークです。 ・・・これは、さっきの宮崎駿監督の 辛辣なジョークの「お詫び」のように感じています。 色の違いに気付けたお客さんに、 「ほら、みんなも洗脳から解けて、見え方が変わってきているよ」 という事を、伝えているのだと思います。 あの髪留めは、千尋の力になってくれた「銭婆」が、千尋にプレゼントしたものです。 物語が終わり、千尋からあの魔法の世界の記憶が薄れても、髪留めだけは残るのです。 「こんな社会でも『心を優先し、与えることを優先する事』が必要だ」と 宮崎駿監督は伝えたいのだと思います。 自分のための欲よりも、他人のための良心を優先し、「他のために与えたもの」は、世の中に残り続けるのです。 逆に、欲を優先し、「もらう事」を優先しても、何も世の中に残すことは出来ないのです。 「墓までは持っていけない」というように、 自分だけのために手に入れたものは、 自分が死んでしまえば、自分の物語が終わってしまえば、消えてしまうのです。 ・・・しかし、今生きている間に「他に与えたもの」は、世の中に残り続けます。 物やお金もそうですし、 知識や知恵もそうですし、 人を助けたり元気づけたりして与えた「エネルギー」もそうです。 それは、たとえ自分が死んでしまっても、 世の中をめぐり続け、世の中に残り続けます。 「生きている間に、他にどれだけエネルギーを与えたか?」それが、価値のある人生であるのだと思います。 それを伝えたかったのだと思います。 ・・・ちなみにこれが、当ブログ『RINRISM』のメインテーマだったりします。 最初のシーンと最後のシーンで、変わらずに母にくっついて歩く千尋 最初と最後で、同じシーンが描かれています。 変わるという事は、簡単ではないのだと、言いたいのだと思います。 それでも、挑戦し、反省し、洗脳から脱却し、少しずつ成長し続けることが必要だと、言いたいのだと思います。 なんでこんなにまどろっこしいメッセージの発信の仕方なの? ここまでに書いてきた「宮崎駿監督が伝えたかったメッセージの考察」ですが、 これが仮に全てが「当たり」だったとして、 「なんでこんなに遠まわしで、まどろっこしいメッセージの伝え方なの?」 という疑問が湧きます。 どんなに人に役立つ良いメッセージを持っていても それを発信するために、映画を作るためには、 当然、「お金」が必要です。 スポンサーが必要です。 スポンサーは、この社会でお金を持っている権力のある、企業や人だと思われます。 スポンサーからお金を集めるために ストレートに「この映画のテーマは、資本主義社会の洗脳から脱却です」 といっても、ほとんどのスポンサーはお金を出してはくれないでしょう。 スポンサーのほとんどは、この社会システムで大儲けしている人です。 洗脳から脱却され、今の仕組みが壊れる事が、都合の悪い人です。 ・・・または そこまで深読みしなくても、 単純に 「メッセージやテーマがシビアに見えては、売れない」ということかもしれませんね。 売れて沢山の人に見てもらえなければ、せっかくの価値あるメッセージが、広がって行かない。 ・・・これもまた事実です。 メッセージ性を取るか、大衆受けを取るか。 これは、メッセージを発信する人たちにとって、永遠のテーマだと思います。 両立する道を、探したいですね。 そして、宮崎駿監督の作品は、それこそ芸術的にこれを両立できていると、僕は感じます。 ・・・いずれせよ、何らかの理由で、表向けのテーマは別のものにして、 「本当のテーマのメッセージは、あえて隠している」 という事だと、ぼくは思います。 そうすることで、 真実の情報を発信できないこの社会の中でも、 「表現方法を駆使して、発信していこう」としているのではないかと思います。 ・・・しかし、ここは深読みのし過ぎかもしれません。 ・・・何度も申し上げますが、ここまでの「考察・解釈・謎解き・解説」は全て「ぼくの主観」です。 合っているかもしれないし、まるで違っているかもしれません。 宮崎駿監督に、「この解釈どうですか」と聞いてみたいです! 「ぜんぜん違う!」 と、おっしゃるかもしれませんね(笑) とはいえ、 ここまで深く考えさせる映画をお作りになられた 宮崎駿は、まさに天才だと思います! 長文になってしまいましたが、 読んで下さり、ありがとうございました! この記事を気に入って下さった方、ぜひ、トップページから他の記事も読んでみて下さい。 『本物の人生』を全ての人が謳歌できる社会に向けて、価値の有る情報を配信しているブログです。 心と思考の明確家【Clearist(クリアリスト)】として活動しています。 『より良い社会を作りたい。 困っている人を助けたい。 』 この思いのもと、ネットでブログやYOUTUBEでの情報発信活動。 対面にてカウンセリング・コーチングの活動をしています。 関わった人の「心と思考」をすっきり明確にし、皆の悔いのない人生のために全力で貢献していきます。 この社会には、余りにも多くの「嘘」「捏造」「曖昧」「複雑」な情報が存在しています。 そして、悩みや問題に直面しても解決ができいなモヤモヤした状態に陥り、自分の理想と現実というものがどんどん食い違っていきます。 …この解決のために、ぼくがいます。 お気軽に何でもご相談ください。 出来る限りお答えします。 sora とても素敵な文章を有り難うございます。 まさに探し求めていたものに辿り着けて、読んでいるうちに涙が溢れてきました。 私はこれまで、自分に正直に生きることを何よりも大事にしていて、資本主義社会のおかしさに気づき始めていました。 そんな私にとって、洗脳の始まりともいえる学校という場所が苦痛で仕方ありませんでした。 今もそうです。 世の中は洗脳された人がほとんどで、違和感を伝えようとしても「考えすぎ」「気持ちの持ちよう」で済まされてしまいます。 ふと気になって調べた大好きな作品の中にその答えが隠されていたなんて、こんなに感動的なことはありません。 人生と映画が繋がっているようです。 私事ですが、学生の私には可能性も選択肢もまだまだあります。 自己完結で済ませずに、社会にこのメッセージを伝えていくこと、影響を与えていくことを強く心に決めました。 現代の社会システムのおかしさに気づきながら生きるのは辛いけど、戦って行こうと思います。 きっとそれが、「自分の生まれた意味」だから。 soraさん。 心が熱くなるコメントを下さり、誠にありがとうございます。 そう言って頂けますと、書いてよかったと、本当に思います。 「自分に正直に生きる」という生き方。 素晴らしいです。 僕はそれを「心と言葉と行動を一致させる」と呼んでいます。 資本主義もそうですし、日本も世界も、社会のどこを見ても「おかしい」のです。 「現実」という結果を見て、 おかしな事や、嘘や、理不尽な事だらけなのに、まるで有効な対策を取らない社会なのです。 そして、それに慣れてしまって、「これが当たり前」と、感覚が麻痺してしまっている人が、ほとんどです。 そもそも、その「当たり前」「社会常識」「社会通念」と言うものが、間違っていて、嘘であり、洗脳です。 民をコントロールするために、誰かが作った、都合の良いルールです。 soraさんが感じられてきた「おかしい」「違和感」「なんだか合わない」という感覚。 僕から見てその感覚は、正しいです。 僕も、同じように感じています。 ただ、そういう正しい感覚を持った人が、うまく生きるのが難しい、この社会なのです。 根本的には誰も悪くない。 人を作る、社会が悪いのです。 社会を、根本的に改善していく事が必要なのです。 反対運動のような活動では、社会の根本的はなかなか改善しないと思っています。 では、どうすれば良いのか?ですが 「自分に正直に、心と言葉と行動の一致」 「自分も皆も、みんな幸せ。 両福」 「常に明るい方向を向いて、前に進む」 これにつきます。 いま、これから、どんな場所に居ようとも。 どんな仕事に就こうとも。 自分に正直に生きて、皆の幸せを願って、明るい方向を向いて生きていく。 これにつきます。 「類は友を呼ぶ」ように、 自分と合う人と、出会えます。 人は皆、合う人と一緒に居たいものです。 ぼくの文章に出会ってくれたように、必ず出会えます。 単純に、soraさんが、soraさんを生きる事です。 そして、環境を手に入れる事です。 「社会を良くしたい」と、同じ志の人たちが集まる、コミュニティを作るか、見つける事です。 その環境で、みな幸せに、みな学び、みな育ち、みなが影響力と情報の発信力を持つ。 その環境が、拡大していく。 この先に、社会の根本的な改善があると、僕は思っています。 ふと、千と千尋って何が言いたいんだろう?と突然気になり、こちらのブログを拝見しました。 すっと、頭に入ってきて、すごく納得できました。 わたしは現在、留学中で、また来年は就職活動をする学生です。 やっと自分について、自分の内面について目を向ける時間が出来、自分って何だろう?何がしたいんだろう?今まで何をしてきたんだろう?と自分探しの迷子中です。 また、私の留学先は、日本の裏側にある国で、GDPなどの経済指標も日本と比べると「発展途上国」なのかもしれません。 でも、この国の人は、日本の人より幸せそうで、自己肯定感が高いようにわたしには思えます。 そのような、異なる文化の中で、幸せって何だろう?と、貨幣の存在に不信感?のようなものも感じてきました。 正解がなくて、ずっと悩んでいたのですが、この記事や、他の記事も拝読し、考えを進めるヒントになり、少しスッキリしました。 長い文章になってしまいましたが、感謝の気持ちをお伝えしたくて、コメントさせていただきます。 honokaさん。 素敵なコメントをありがとうございます!励みになります。 少しでもお力になれるよう、これからも記事を書きます! 自分探しの活動、とても良いと思います。 「私は誰で、何をしたい人か」。 全ての人は自身のそれを見つけ、その人生を歩むべきだと思います。 結局、突き詰めれば「何が好きで、何が嫌いかが、自分」です。 要するに「自分は何をする事に、エネルギーが湧くのか、ワクワクするのか」という事です。 どうせなら、よりワクワクする人生の方向性を生きるべきだと、僕は思います。 その自分の人生の方向性を生きている状態が、幸せだと思います。 一般社会的には「お金できる限り稼いで安定する」という一つの方向だけを向かせようとしていますが、それだけではありません。 「人生の方向性」は、膨大な種類があります。 とは言え、人間は誰しも、知っていることしか知らないのです。 知らなければ、憧れる事も、目指す事が出来ません。 そこで、色んな人と出会い、人をよく見て「たくさんの人生の方向性を知る」という事が、大切です。 知って行く中で「これだ!」と憧れる、人生の方向性が見つかるはずです。 なので、honokaさんが今、留学によって、 場所を変え、環境を変え、居る人を変えているという事は、素晴らしい事だと思います。 きっと、色んな人に出会うと思います。 きっと、憧れる人生を生きている人にも出会うと思います。 そしたら「私は誰で、何をしたい人か」という事が、その憧れを通じて、分かると思います。 焦らずじっくりです。 一日一日、明るく楽しく生きるという事が一番です。 大学の授業で映画の作品分析をしていてこちらのサイトに辿りついたものです。 このサイトを最初に読んだとき、小さいときに見ていた映画はこんなに奥が深かったのだと改めて考えさせられました。 私も名前という自分の名札、肩書きに踊らされ、洗脳されて無理に納得して前に進んでしまっていたうちの一人でした。 好きか嫌いかという二択で生きているだけなのにその中で多数の人の意見に流されしまう、人生とは難しいですね。 奪う人生ではなく与えられる人生を生きられるようになりたいものです。 サイトに感動して思い切って感想を書いてしまい、あまり文がまとまっていなくてすみません。 考えと価値観にとても感動し、共感しました。 これからもこのサイトが沢山の人の心に響きますように。 みこさん 宮本です。 心のこもったコメントを下さり、誠にありがとうございます! 本当に励みになります!! おっしゃる通りです。 頑張って生きようとしているだけで、知らず知らず、社会に流されてしまいます。 そして、流されていくうちに「自分が本当に生きたい人生」から、遠ざかってしまいます。 やっぱり生まれて来た以上、『本当にやりたい事』を目一杯やっていきたいですよね。 それを目一杯やって、人を喜ばせて、与える事を優先する人生を生きる。 こう生きていきたいと強く思います。 本当は、それが当たり前に出来る社会でなくてはいけません。 しかし、こんな社会である以上、本当にやりたい事をやるためには、学ぶ必要があるのです。 これからも僕は、僕がそのために学んで来た事をブログに書いて行きたいと思います。 加えて、こんな社会である以上、 ご自身の「本音」「本心」を発見し、見据え、表現する事がとても大切です。 そして、本音や本心を互いに引き出して語り合える「本物の話し相手」「本音で語れる環境」が必要なのだと、 最近強く思っています。 この社会では、本心よりも、表面を合わせる事が優先されてしまっています。 それが原因となり様々な問題が解決に向かわず、そしてほとんどの人が「本当にやりたい事」を出来なくなってしまいます。 …そう思って、最近僕は「職業は、最高の話し相手です」と言うようにしています(笑) そしてこれから、そういう環境を作るために動いています。 電車の運転手さんについてです。 たしか、あの電車は自殺した人が乗る電車ですよね。 運転手さんも透けていた、つまりあの人も自殺をされたのでしょうか。 終点についてしまったらあの人はどうなるのでしょうか? とても気になっているのですが納得のいく考えが思い浮かびません…。 今ふと思ったのですが、カオナシが透けているのと、電車に乗っている方たちが透けているのは、なにか関係があるのでしょうか。 宮本さんの考えが知りたいです! このサイトをみていて、改めて宮崎監督がひとつひとつの映画を大切に製作しておられるのだと感じました。 その思いとじっくりと向き合っておられる宮本さんはすごいです! わたしもメッセージを読み取ろうと思うのですが、情景描写などの読み取りが苦手で、頭がパンクしてしまいそうになります。 それができるようになったら、さらに映画鑑賞が楽しくなるのに、と思います。 今から、宮本さんの解釈をもとに、もののけ姫を観賞したいと思っております。 再び疑問ができましたら、質問をしたいと考えていますので、またお付き合い願います。 最後までお付き合いしていただき、ありがとうございました! てとさん。 ご丁寧なコメントを下さり、誠にありがとうございました! 大変励みになります! てとさんから、「電車のシーン」についてのご質問を頂いて、 改めて僕もそのシーンについて、考察してみました。 ブログの記事ではスルーしてしまっていたシーンですが、 今思えば、このシーンもまた、とても印象深いですよね。 何かメッセージが込められていると思います。 ここについて、あくまで僕の主観ですが、僕なりの解釈はあります! ただ、少し文章が長くなってしまう事と、 検証するために、そのシーンの映像をもう一度見直したいので、もう少しだけ待っていて下さい。 準備が整い次第、ブログの記事に、「追記」という形でアップロードします。 その時はまた、コメントにてお知らせします。 (^^) はい、僕にとっても考え直すきっかけになり、なにより楽しいので、 何か疑問がありましたら、ぜひ教えてください(^^) ありがとうございます! メイ こんにちは。 先週の金曜日に仲間たちと「千と千尋の神隠し」を見てきました。 宮本さんの解釈を読んでからの映画鑑賞はとても分かりやすく、心に伝わるものが多くすごく感動しました。 何回みても見るたびに得るものは違うと思います。 映画をみてからみんなと食事にいって感想を交わしたり、とても楽しい週末でした。 特に汽車に乗っているシーン、見てて涙が溢れてきました。 人の人生はお墓へ走る汽車に乗っているようだ。 途中にはたくさんの駅があるけど、ずっと最後までそばにいてくれる人はいない。 だからいてくれた人が降りる前に、いくらさびしくても、感謝の気持ちでさよならを言おう。 2年前に父親を亡くして、すごく悲しんできました。 千尋は汽車の中で人が次から次へと汽車から降りる人を静かに見ていました。 まるで自分みたく…. 世の中は再会と別れの繰り返し、父親はきっと違う世界で私を待っているのではと思ったらそんなに寂しくはないです。 なので父親の分も頑張って生きようと決めました。 中島みゆきさんの歌詞の中のようにたとえさよならでも愛している意味……とても意味深いです。 中国語の歌でFaye Wong 王菲-《你在終點等我》っていう唄があります。 日本語で訳すと「あなたは終点で私を待っている」です。 元は恋の歌なのですが、私は違う意味でこの曲を理解することになりました。 そばにいてくれた人、それで先に駅から降りた人たちはきっと人生を終着駅で私を待っていると…. とてもいい唄なのでおすすめしたいです。 最後にエンドソングの「いつも何度でも」が大好きです。 メイも歌えることになりました。 録音していますので送れるなら送ってみたいですが、残念です。 歌詞がとても意味深く歌っていてすごい感動を受けました。 聞いて歌って心が穏やかになります。 思いいたる所まで書いてしまい、失礼しました。 このサイトは何回も何回も読みました。 これからもまた読ませていただきたいと思います。 本当にここにたどり着いてラッキだと思います。 今後ともよろしくお願いします。 メィ 中国大連から メイさん ご丁寧なコメントを下さりまして、誠にありがとうございます! メイさんから、中国では先日から千と千尋の神隠しの映画が公開されたと聞いておりましたので、 中国の皆様がこの映画を見て、どのような感じになられたのかが、頂いたコメントから伝わってきました。 国は違いますが、日本の皆様と同じように映画を楽しまれたようで、なんだかとても嬉しい気持ちです! 映画のメッセージの解釈は、一人一人違っていて、十人十色である事が、素晴らしい事だと思います。 その中で、メイさんのこの映画の解釈に、このブログが少しでもお力になれたのでしたら幸いです! 一人一人これまでの人生の経験が違い、見え方も違います。 お父様を亡くされて、辛い胸中にいらっしゃるメイさんの見え方を通じて、 ぼくもまた、この映画の新しい見方をすることが出来ました。 本当にそうですね。 出会いが必ずある以上、別れも避ける事は出来なくて。 いくら寂しくても、感謝の気持ちでさよならを言って、前を向いて、その人の分も生きて行かないといけませんね。 中島みゆきをご存知とは、びっくりしました。 彼女の歌詞も、人生の真理を突いている言葉が沢山ありますよね。 おすすめ頂いた「faye wong」という曲も、後ほどYouTubeで探して聴かせて頂きます。 ところで、日本語が本当にお上手ですね!文章力もすごいです。 さらに、このブログではそれなりに難しいテーマについて書いているつもりですが、その日本語の文章を読解できるのもすごいです。 日本人より、日本語が上手だと思ってしまいます(笑)日本への留学の経験などがあるのですか? メールも下さりまして、ありがとうございました。 コメントだと長くなってしまいますので、続きは頂いたメールアドレスの方に送らせて頂きました。 ご確認ください。 ぜひ、また当ブログを見に来ていただいて、お気軽にコメントやご質問をしてください! ありがとうございました。 森薗漱志 突然のコメント失礼いたします。 この作品が好きすぎて、2004年に公開(当時私は小学生)されてから、すでに何十回も見ています。 年齢を重ねるごとに、見方も変わってきまして、最近時は作品全体のメッセージ性について考えていたところでして、このページを見つけました。 大変参考になります。 資本主義への風刺、、だなんて想定外でしたし、とても解説が分かりやすかったです。 しかも偶然、最近社会人になり、一日10時間、週5日も拘束されて働くことへの疑問をもちはじめたところだったんです。 本来自由なはずであるのに、なんでこんなに拘束されてるんだって。 しかもなんで周りは、疑問を持たないんだって。 ああ、結局、資本家の陰謀なんだよなって。 だからそれが、大好きな映画の大きなメッセージであったと分かり、感動しました。 記事を作っていただき、ありがとうございます。 感謝しています。 これからもこういう解説記事を作っていただけると大変うれしいです!! ご丁寧な熱いコメントをありがとうございます!大変、励みになります! ちょっとややこしいニュアンスですが、 「働く」のは良いこと、「働かされる」のは良くないこと。 と、僕はこう思っています。 要するに、「働く」という活動をするにあたって、自らの意思と目的を持ってやるような主体的な状態であるか、それとも誰かに言われて仕方なくやるような客体的な状態であるか。 という違いです。 自らの意思と目的を持って主体的に行う「働く」は、本当に価値が高いと思っています。 その目的のために、沢山のことを学び、能力が身につきます。 しかし、この社会は「働かせる」の仕組みが強いです。 自分の意思・目的というものを抱かせることなく、働かなくては生きて行けないような仕組みです。 本当は、社会がすべき事は「保証」だと思っています。 人々の生活を完全に保証してしまう事だと思います。 その上で皆、自分の個性を生かして、好きな事を追求して、負けたくない事で競争して、協力し合って、他に恩恵を与えるサービスを作って行くのが、僕の社会の理想像です。 しかしながら、今の社会は、なかなかそうなって行かなそうです。 だからこそ今、我々一般庶民が出来ることは、 「本音本心で繋がること」だと、思っています。 繋がって、当たり前のように助け合って、互いを保証し合う事だと思います。 「自立」ではなく、「共存共栄協力」こそ、あるべき姿だと僕は思います。 海を越え、文化を越え・・・・ジブリはもはや共通言語だ!同感です。 暖かいコメント、どうもありがとうございます。 心が癒されました! 「いつも何度でも」の曲にあわせて、中国語の歌、《你在終點等我》by Faye Wong 王菲をぜひ聞いてみてください。 今日はカオナシのことが思い出しました。 カオナシは「欲しい」が口癖、いつももらうことばかり考えているように見えますが、千尋に対してはいつも与えていて助けてあげようとしています。 きっと千尋のことが好きだったと思います。 ここからまた思ったのは恋っていうのは自分の思うままにはいかない、いくら好かれたとしても好きになることにはつながらない時があるのですね。 千尋はカオナシをかわいそうと思っているだけで、実際すきなのはハクのことです。 でもカオナシは多くの画面で千尋のそばにいました。 一瞬カオナシがかわいそうに見えました。 宮本さんのコメントのようにいくらブッラクなカオナシでも実は心のどこかは優しいいい人です。 生まれてから悪い人はまずいないのですね。 今日はカオナシの顔が思い浮かんでまたコメントを残しました。 よろしくお願いします。 メイ メイさん コメントとメールを下さり、ありがとうございます! 以前教えて頂いた「Faye Wong 王菲」さんのこの曲を、昨日にYouTubeで発見してから流して聴いております。 素晴らしいボーカリストですね!ぼくは中国語を読めませんので歌詞は理解できませんでしたが、メロディーと歌声が素晴らしく、作業用のBGMとしてリピートして聴いております。 素敵な曲を教えて下さり、ありがとうございました。 日本と中国は、政治的な都合の影響で、互いの情報がなかなか交換できない状況にあると思います。 実際に知り合いに居れば、情報を交換して共有する事が出来ますが、 特に、インターネットでの情報の交換が、難しくなっているのを感じます。 日本のマスメディアは政治的な方針が強く反映され、意見が偏っています。 それこそ、この千と千尋の神隠しのテーマにあるように、洗脳じみているメディアも沢山あります。 まだ中国には行ったことがないので分かりませんが、きっと中国でもこの「政治的なメディアの意見の偏り」というものは、あるのではないかと思います。 日本でも、中国でも、その他の国でも、 もっと互いの真実の純粋な情報を、リアルタイムで共有する事が出来たのなら、 国の違い、文化の違い、宗教の違い、あらゆる違いを超えて、 もっと仲良く、もっと楽しく、繋がっていけるはずだと思いっています。 TVや新聞などのマスメディアがダメなら、インターネットで個人がメディアになって行くことが、今の時代に必要だと思っています。 しかし、特に中国と日本の間には、そのインターネットでの繋がりに壁があるのが、悩ましい所です。 そういった意味で、メイさんがその壁を越えて、このブログを見つけて下さったことには、強い希望を感じております。 これからも、メールやコメントで、色々教えてください。 いつもありがとうございます! りゅう 昔はこのアニメを見たけど、あまり印象はありませんでした、まるでハクについての記憶を思い出せない千尋みたいですね。 今月、やっと正式版は中国で上映でき、私と妻が一緒に見ました。 妻と共感することは千尋の親、特にお母さんが千尋に冷たい感じも謎ですが、 やっぱり一番理解できないことは豚の集団の中に親がいないことをどうやってわかったかです。 日本のサイトをいろいろ探し、いろいろ答えがありました。 例えば「自然保護に加えてトトロの世界に共通する宮崎監督のいつも伝えたいメッセージである「純粋な子供には見える大切な事」だと思います。 」のような答えもあって、 「宮崎駿監督のコメント 最後の豚の集団をみて、千尋がお父さんとお母さんがそこにいないとなぜわかったのか説明していない。 理論としておかしいと、説明を求めるタイプの人たちがいる。 でも、僕はそういうのを大事だと思っていないから。 これだけ経験を経てきた千尋は両親がいないことがわかる。 なぜわかるか、でもわかるのが人生ですよ。 それしかないんですよ。 そんなにここが欠けていて、あそこが欠けていてって、指摘ができるなら、観客が自分で埋めればいいんだから。 僕はそんなところに無駄な時間を費やしたくないんですよ。 」のような公式でもはっきりしない答えもあります。 最終的に、このページにたどり着いて良かったと思います。 一番納得で、大人らしい答えを見つけました。 ありがとうございます。 コメントいただけたら幸いです。 中国吉林省長春市 りゅうより りゅうさん コメントを下さりまして誠にありがとうございます! つい最近、中国で「千と千尋の神隠し」が上映されるようになったそうですね。 りゅうさんの他にも中国の方がコメントを下さり、教えて下さりました。 りゅうさんも日本語が素晴らしくお上手ですね。 この宮崎駿監督の公式のコメントの事は、ぼくは知りませんでした。 とても参考になります。 そしてこの監督の意見に、ぼくも同意です。 映画でも絵画でも、芸術作品と言うものは「見る人によって見え方が違う」という所が、その価値なのだと思います。 一人一人、その人のこれまでの人生の経験によって、見え方は違います。 そして、見え方の違いこそが、人と人の違いであり、つまり個性なのだと思っております。 そして、一人一人が自分のその違いや個性を活かして、互いに力を合わせて組み合わさって行くことこそが、より大きな発展を生むのだと、ぼくは考えております。 そして、その人それぞれの見え方の違いに気付かせてくれる芸術作品と言うものが、ぼくは好きです。 さらに言えるのは、見え方というものは一人一人違うにしても、作品から受け取るメッセージがみんな違うにしても、 「より良い方が、良い」という事です。 自分の人生の成功のためにプラスになったり、社会の改善や発展のためにプラスになったりするような『より良い見え方・より良い受け取るメッセージ』があるはずです。 そして、それを発見するためには、『一人一人の見え方や、受け取ったメッセージについて、同じ立場で共有し合う』という事だと思っております。 共有する中で、より良いそれを磨き合い、より良いものが見つかって行くのだと、ぼくは思います。 そして、それが見つかった時、その芸術の価値は最高に高まるのだと思います。 さらに、ぼくがこのブログを使って、自分の考察を書かせて頂いているのは、 先述した「見え方と受け取ったメッセージを、磨くために共有する」という事のために有ります。 そういう意味で、 ぼくは日本人ですが、国や文化を超えて、中国人のりゅうさんが記事を読んで下さり、そして共感してコメントを書いて下さり、互いの見え方を共有する事が出来て、本当に嬉しく思います。 「人と社会のために、より良い方が良い」という前提となる価値観のもと、 国を超えて、文化を超えて、あらゆる違いを超えて、 このようにして、互いの意見を共有し合い、 そして、互いの意見を磨き合い、高め合う事が出来たのなら、 それは、より良い社会、より良い世界への、大きな一歩なのだと思います。 …このような目的で、ぼくは情報発信の活動をして行きたいと思っております! また何か感じるものがありましたら、ぜひコメントやご質問をしてみてください! コメントを下さり、ありがとうございました。

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千と千尋の神隠しお父さんの名前や仕事、声優を解説!食べていた料理の正体は? | マジマジ情報局

千と千尋 屋台

Contents• 千と千尋の神隠しのお父さんのプロフィール 千と千尋の神隠し。 そういや、お父さんとお母さん、名前なかったんだな。 — ネシロ ne46ro 日本の興行収入ランキング1位を誇り、今も尚人気を集めるジブリ映画「 千と千尋の神隠し」。 千と千尋にまつわる様々な考察を行ってきましたが、今回は 千尋のお父さんについて詳しく見ていこうと思います。 千尋のお父さんは「 荻野明夫(おぎのあきお)」といいます。 好奇心旺盛でどんなことにも恐れず飛び込んでいくタイプですが、反面 思慮の浅い部分や計画性に欠けるところがあり、引っ越し先への道順をろくに確認しないまま運転を続け、湯婆婆たちのいる世界へと迷い込んでしまいました。 作中では冒頭とラストシーンでしか登場しませんが、子どもながらに「なんか馬鹿なお父さんだな」と思ったことを覚えています・・・笑 千尋が大変な目にあったのは全てこのお父さんのせいであるとも言えますが、逆にお父さんの愚かな行動がなければ、この物語は始まりを迎えることすらなかったのです。 それでは、お父さんの仕事や声優さん、そしてお父さんが食べていた料理について1つずつ見ていきましょう。 お父さんの 年齢は38歳で、仕事はサラリーマンです。 勤め先は 建築会社で、その証拠に車が森へ迷い込んだ際、トンネルの入り口で「 なんだ、モルタル製か」などと建造物に触れながら、その材質について語っています。 確かにこのシーンを見て「お父さん、無駄に詳しいな」と思った記憶がありますが、建築業界人故の、一種の職業病だったんですね! そんなお父さんが乗っている愛車はなんと、高級外車で有名な アウディ! 調べたところ、恐らく荻野家が乗っている車種は「Audi A4」「Audi A6」といわれるもので、 価格は450~600万円くらいとなっていました。 38歳、建築会社勤務、愛車はAudiとなると、かなり良い役職についているのではないかということが窺えます。 今回の引っ越しも、昇進に伴う転勤の可能性がです。 作中のお父さんは「愚か者」のイメージが強いですが、体育会系で仕事はバリバリできるタイプなのでしょうか… ちなみに、お父さんのモデルとなっているのは映画プロデューサーの 奥田誠治さんという方で、特に食事や運転のシーンは奥田さんの要素が色濃く表れています。 お父さんの声優はこの方! え、突然今さらなんだけど、千と千尋のお父さんとお母さんの声優って、沢口靖子と内藤剛志じゃん。 内藤さんは「家なき子」や「科捜研の女」、「十津川警部シリーズ」などをはじめ、数々のドラマや映画で大活躍する俳優さんです。 情報番組などでもお見かけすることがあり、マルチに活動されているようです。 アニメ声優としては、「 千と千尋の神隠し」以外にも「 ゲド戦記」、「 コクリコ坂から」などのジブリ作品、その他にも3本ほどの映画に出演しました。 高い演技力と、魅力的な低音ボイスで、見事にお父さん役を演じていらっしゃいました。 千と千尋の神隠しでお父さんが食べていた料理の正体 永楽市場屋台にて 肉圓 千と千尋の神隠しにて序盤のお父さんが食べていた謎の食べ物の正体と言われている料理 ぷるぷるもちもち食感の謎の饅頭 中には豚肉、筍、茸に栗に金糸玉子と内容たっぷり食感豊かな逸品 甘くて辛くて酸っぱいタレをかけていただく — 李徴子 lilygrass108 「 千と千尋の神隠し」の始めのシーンで、不思議な世界に迷い込んだ千尋一家の前に現れた飲食店とおいしそうな料理。 千尋の両親はこれを勝手に食べ、豚に変身させられてしまいましたよね。 色々な料理が並ぶ中、お父さんが1口ですすって食べた ブルブルの塊がありましたよね。 「おいしそう!」「気持ち悪い!」と賛否あったあの料理の正体は何なのでしょうか? 実は不思議な料理について、スタジオジブリに問い合わせの手紙を送ったという人がおり、後日ジブリ側からきちんとお返事をもらったそうです。 その手紙によると、千尋のお父さんが食べていたものの詳細は明らかにされておらず、• 異界にある不思議ですごくおいしそうな食べ物• 迷い込んだ人に対する罠 だそうです。 確かに、不思議な見た目と美味しそうな匂いで誘い、食べた人間を豚に変えてしまうのですから、恐ろしい罠ですよね。 また、「千と千尋の神隠し」の建物や街並みのモデルは台湾だと言われていますが、あのブルブルの食べ物のモデルとなった料理も台湾にあるらしく、その名を「 肉圓(バーワン)」といいます。 バーワンは台湾で人気のB級グルメで、お祝い事の際によく食べられています。 バーワンはさつまいもの粉などを使用したぷるぷるもちもちの生地の中に、ひき肉や椎茸を混ぜた団子を入れ、揚げたり蒸したりしたものです。 そこにとろっとした甘いソースをかければ完成なのですが、大きさこそアニメとは異なるものの、箸でつつくとブルブルとする感じや、一口でジュジュっとすすって食べられそうなところはお父さんの食べていたあの食べ物そのもの。 台湾でも人気な食べ物らしいので、ぜひ1度食べてみたいですね。 まとめ ジブリ映画「 千と千尋の神隠し」に登場する、千尋のお父さんについて考察しました! 千尋の父、 荻野明夫は建築会社に勤める38歳で、愛車は高級外車のアウディです。 声を担当したのは 大御所俳優の内藤剛志さんでした。 また、作中でお父さんが食べているブルブルの不思議な食べ物は、公式には 異世界にある魅力的な食べ物ということになっていますが、恐らく 台湾料理のバーワンがモデルとなっています。 登場シーンは多くないものの、重要な役割を果たす千尋の家族にも注目しつつ、「千と千尋の神隠し」を楽しんでくださいね。

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