笑福亭 鶴瓶 死去。 上方落語四天王襲名始末記 : 59'S 日々是口実

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笑福亭 鶴瓶 死去

写真 笑福亭鶴志さん 落語家の笑福亭鶴志(本名:冨松和彦)さんが8日午前0時54分、心不全・腎不全のため大阪府内の病院にて死去した。 64歳だった。 同日、所属事務所の松竹芸能が公式サイトで報告した。 笑福亭鶴志さんは、1974年6月、笑福亭松鶴師に入門。 77年1月、新花月にて初舞台。 82年『第3回ABC落語漫才新人コンクール』最優秀新人賞、97年『大阪文化祭賞』奨励賞を受賞。 朝日放送『わいわいサタデー』や『ザ・ビッグ』、サンテレビ『大人の絵本』、京都放送『鶴志のナイスキャッチ』などに出演した。 通夜は10日、告別式は11日に家族葬で営まれる。 また、同日には、上方落語協会の会長・笑福亭仁智(67)も協会を通じてコメントを発表。 「口は悪いですが、スポーツマンらしく先輩を立て後輩の面倒見がよく、たくさんの若手を育ててくれました。 若い頃は、よく落語を肴に朝まで飲みました」と、鶴志さんとの思い出を回顧。 「まだまだこれから鶴志さんの落語で、笑福亭の存在感を高めてくれると期待していたので残念でなりません。 大好きな六代目松鶴師匠と好きなお酒を飲んでゆっくり休んでください」としのんだ。

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笑福亭鶴志さん死去 64歳 鶴瓶の弟弟子、18年に肝臓がん手術|ニフティニュース

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六代目笑福亭松鶴(1918-1986)には全国的な人気を博した笑福亭仁鶴、実子の五代目笑福亭枝鶴 のち廃業)、ラジオで売り出した笑福亭鶴光、破滅型の笑福亭福笑、笑福亭鶴三、笑福亭松枝、笑福亭呂鶴、笑福亭松葉などの実力派の弟子がいた。 本来ならば惣領弟子の笑福亭仁鶴が七代目を継ぐべきだったが、一門が松竹芸能所属であるのに、仁鶴だけは吉本興業であり、会社が了承しなかった。 実力筆頭の鶴三は、芸風がやや異なることもあり松鶴存命中に六代目笑福亭松喬となった。 笑福亭鶴光は一門との交流がなく、今は東京の落語芸術協会に所属している。 晩年、松鶴は七代目を堅実な芸風の笑福亭松葉に託したが、松葉は襲名することなく1997年に死去。 2013年には六代目笑福亭松喬も死去。 残る顔ぶれでは、松葉のすぐ下で、今や国民的スターの笑福亭鶴瓶が適任ではないかと思うが、本人は受けないと思う。 また八代目を継いだところで、その後継者がいない。 惣領弟子の笑瓶は落語家ではない。 銀瓶、達瓶などの達者な弟子がいるが、松鶴と言う柄ではない。 その下には芸風が師匠に一番似ている笑福亭鶴志がいるが、知名度が低く難しいように思われる。 このため、松鶴の名跡は宙に浮いている。 三代目桂米朝(1925-2015)門下は俊秀揃い、客分の月亭可朝、故三代目桂米紫、そして初の内弟子、昭和の爆笑王と言われた二代目桂枝雀、桂ざこば、故桂吉朝、実子の桂小米朝など、数も陣容も笑福亭を上回っていた。 実質的な筆頭弟子の枝雀は、この名前を不朽の大看板にしたために米朝を継ぐべくもなかった。 その上に、師匠に先立って死んだ。 実子小米朝は、米朝の師匠米團治の名前を襲い、五代目桂米團治となる。 米朝は代々米團治の前名だから、今更米朝の襲名はあり得ない。 おそらくこれは「米朝」の名前を「留め名」にしようという一門の意向だろう。 米朝の「地獄八景亡者戯」には、「米朝と言う名で死んだ噺家はおらんはずやが」というセリフがあるが、三代目米朝がその最初となった。 米朝自身、一度も改名していない。 継ぐとすれば故吉朝だったように思うが、彼も師匠に先立って死去した。 ざこばも、大きな名跡であるし、芸風も師匠とは異なるので継ぐことはないだろう。 四代目桂米朝は、しばらく出ないのではないか。 三代目桂春團治(1930-2016)門下の筆頭は、桂春輔という噺家だったが「きちがい」と言う異名がある破天荒な噺家だった。 端正な春團治とは芸風が全く違っていた。 のちに破門される。 次の桂福團治は、春團治の前名を継いでいる。 四日市市出身、他地方の訛りを完全に克服した唯一の噺家。 しかし、芸風は華やかな三代目とは大きく異なる。 自身も立川談志に傾倒し、「鼠の穴」などの人情噺に打ち込んだ。 リアリズムは素晴らしいが陰気な芸風。 続く桂春蝶は、やせぎす、飄々とした雰囲気だったが、話は非常に達者。 ストーリーテラーであり、春團治の持ちネタも演じた。 名を継ぐのはこの人しかないと思われたが、1993年に死去した。 酒好きでほとんど飯を食べなかったが、死因は肝硬変だった。 その下は春之助若いころは化粧品会社の女性販売員の贔屓が多く、。 男前で、華のある噺家だった。 しかし噺は間が悪く、今一つだった。 私は米朝、春蝶の酒席に連なったことがあるが、米朝が「助やん(春之助)は、下手やなあ」と嘆息したのを聞いた。 これはダメと言うことではなく「惜しい」ということだ。 このたびの四代目春團治襲名は、他に候補もおらず、妥当なところだ。 同期の上方落語協会会長桂文枝の盟友として協会を支えてきた功績も大きい。 名前が変わって芸風もよくなる可能性はあるだろう。 五代目桂文枝(1930-2005)の惣領弟子は桂三枝。 落研出身落語家の草分けであり、吉本興業の大スターとなるが、1980年ころから創作落語に打ち込み、一家をなす。 上方落語協会会長に就任すると協会の悲願であった落語定席「天満天神繁盛亭」を設立。 この功績は不朽だ。 本人は桂米朝に私淑していたが、師匠の没後、六代目を襲名した。 本命の惣領弟子が師匠の名を継いだのは、四天王では文枝門下だけ。 一門には文珍、きん枝、小枝などの噺家もいるが、実力、知名度でも文枝の襲名の異論のあるはずもない。 こうしてみると、大名跡を継ぐにも運やタイミングがあることがわかる。 六代目文枝は、春團治の襲名を喜び、松鶴、米朝も復活させたいと話したが、東京の桂文楽、桂文治、柳家小さんなどの名跡が、筋目の襲名によって小さくなったことを考えると、無理をして名前をそろえる必要はないように思う。 私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。 hatadon• 2017年02月05日 10:53• 東京で言えば、三遊亭園生が止め名扱いになっているのが残念です。 経緯はある程度理解していますが、それでも、先代・五代目園楽が園生を継いでいてくれたら、と今でも思わずにはいられません。 どう見ても円楽一門が、今の三遊亭の正統な後継筋だと思うのですが。 広尾 晃• 2017年02月05日 12:36• hatadonさん 圓楽は、圓窓、圓弥(故人)ら、他の門弟と仲が悪かったですから。 勝手に寄席をやって、勝手につぶしたという印象です。 圓生夫人とも絶縁状態でした。 六代目圓生は、鳳楽を高く評価していましたが、後ろ盾がいません。 関係者がみんな鬼籍に入ったので、今のところ、決め手がないでしょう。 謎の元郡民• 2017年02月07日 12:45• 東京の落語家は落語協会を中心にかなり増えましたし、柳家とか三遊亭はどれを「正統」と呼べるのかサッパリわかりませんw あと、個人的には話のくすぐりやテンポなどの面で、いわゆる「昭和の名人」も良さがわからないんですよねぇ・・・• 広尾 晃• 2017年02月07日 19:43• 謎の元郡民さん 東京は柳、三遊の二大流派です。 柳家は、柳派に属します。 柳家小さんが大師匠です。 同じ柳派でも明治に分かれた春風亭は今は柳橋がトップ。 三遊亭は圓生が一番位の高い名前です。 橘家は、三遊亭の一門。 古今亭、金原亭は同じ一門。 大昔に三遊亭と別れています。 会員数が増えても位置づけは変わりません。 桂は東京と大阪にありますが、総家元は文治、今は東京ですが、昔は大阪の名跡でした。 大阪では文枝が一番格式の高い名前です。 これについで文團治ですが、継ぐ人がいない。 米朝、春團治はこちらの門流。 笑福亭は松鶴がトップ。 上方の林家は東京の分家でしたが、今は笑福亭の分流です。 申し訳ないけど、今の噺家と昭和の名人では、格が違うと思う。 達者な人は多いけど、昔の方がレベルは上でした。 ぜひ、我慢して聞いてみてください。 謎の元郡民• 2017年02月08日 13:36• こんにちは。 丁寧なご説明ありがとうございます。 やはり昔の名人の方が格上なんでしょうかねぇ。 落語はライブというか寄席なり独演会で直接聴くのが一番 と思うので、録音ですと良さが半減するといいますか。 地元の温泉旅館(兼日帰り温泉)でキャパ50人くらいの落語会がありまして、そこで文治(当代)、喜多八(亡くなられましたが)、扇遊、鯉昇といった方の噺を3~5メートルくらいの距離で聴いています。 そうした機会が一番多いので、いくら名人といわれても録音だけだと・・・なんとも。 昭和の名人と言われる師匠方の噺を現場で聴いてこられた先達はうらやましいんですけどねw• 広尾 晃• 2017年02月08日 21:02• 謎の元郡民さん 若手のライブと昔の名人の録音では、雲泥の差でしょう。 ライブだと少しマシに聞こえはしますが。 扇遊、鯉昇というところは、上手の内ですが。 落語は、昔でなくてもいいですが、良い噺家を聞かれることをお勧めします。 hatadon• 2017年02月11日 11:01• 昭和の名人とは恐らく文楽・圓生・志ん生のことだと思いますが、個人的には志ん朝が一番好きですね。 あの気風のいい噺口は絶品でした。 生で聴いたのは1回きりでしたが、今CDで聴いてもまったく色褪せません。 早世したことが悔やまれてなりません。 広尾 晃• 2017年02月11日 20:50• hatadonさん 志ん朝師とは、私は楽屋で少し話をしました。 光がさしているようでした。 女性には、おばあさんにでも「先に帰ってお風呂入ってまっててよー」と言うのが口癖でした。 今、「中世」という言葉が変貌しつつある。 この本は、「そうだったんだ!」という驚きがある。 歴史好きならおすすめだ。 最近また読み直したのだ。 「いいなー」と思った。 これほどページをめくるのがもどかしいほんはちょっとない。 書かれた人も書いた人も今はいない。 この先生の本は不滅だろう。 日本も世界も混迷しているが、歴史に学べば視界は開けてくる。 文章がいいのだ。 佐野眞一の本では『カリスマ』がお勧めだ。 中内功という人が、何をしたか。 それが我々のライフスタイルにどんな影響を与えたかがよくわかる。 落語について知りたければ、この本を読むに限る。 子供向けだが、高度な内容をかくも易しく説くことができる桂米朝の知性に感嘆。 落語についてもう1冊。 六代目圓生は、明治を知る最後の噺家。 きれいな昔の言葉が活字に掬い取られている。 この本を読んでいる最中に圓生師急逝。 泣いたなあ。

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明石家さんまの師匠・笑福亭松之助さん死去 93歳

笑福亭 鶴瓶 死去

笑福亭鶴瓶 鶴瓶は「こんなコロナで死ぬなんて最低やで、本当に。 絶対、死んだらアカン。 死んだら終わりやもん」と無念さを見せ、「どうにかして生き延びて、みんなにおもろいこと提供していかなアカンやんか。 笑えるような世の中にしないとね」と決意した。 さらに鶴瓶は「加藤 茶 さんに『絶対に死なんといてほしい』って、この間も電話したんやけど」と明かし、「『寿命はしゃあないけども、そんなことで死なんといてや。 俺も頑張るし、加藤さんもそうやで』って言って。 加藤さんとも長い付き合いやし。 あんな人たちが1人ずつ死んでいくのが、つらくてしゃあないわ」と話していた。 予めご了承ください。 関連記事•

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