大嶽丸。 【仁王2】大嶽丸の倒し方・攻略【ラスボス】

大嶽丸 (おおたけまる)とは【ピクシブ百科事典】

大嶽丸

*「悪路王」ってどんな鬼?* ・別名: 阿弖流爲 ( あてるい )、高丸、アブラ王 ・ゆかりのある場所:東北地方(岩手県など)、茨城県など ・容姿:巨大な鬼で、討ち取られた荒武者のような顔をしている。 ・原型:朝廷に抵抗していた蝦夷(北海道)の族長。 悪路王 ( あくろおう )は東北地方に伝承が残る大鬼で、まるで討ち取られた荒武者のような顔をしています。 乱れた髪につり上がった太い眉、かっと見開かれた大きな目などが特徴で、憎悪や苦痛に満ちた表情をしています。 悪路王は山の岩窟に住み、付近の村を襲っては食糧や家畜、金銀財宝を奪うなど乱暴狼藉を働いた末、最後には 坂上田村麻呂 ( さかのうえのたむらまろ )という武将に討ち取られてしまいました。 『諏訪大明神絵詞』から、その時の顛末をご紹介しましょう。 なお、この物語の中では悪路王は「高丸」、坂上田村麻呂は「田村丸」と呼ばれています。 *鬼退治の英雄!「坂上田村麻呂」* ・史実では、朝廷の命令で東北地方を制圧した武将。 日本初の征夷大将軍。 ・立派な体格(身長5尺8寸、胸の厚さ1尺2寸)で若いうちから武将として才覚を表す。 ・観音様を熱心に信じており、人柄も申し分なし。 時は桓武天皇の時代。 田村丸は「東北で暴れている高丸を討伐せよ」という勅命を受け旅立ちます。 神の力を借りた方が良いと考えた田村丸は、道中の諏訪大明神で深く祈願しました。 その後、信州(長野県)の伊奈郡と諏訪郡の境まで来た田村丸は、ひとりの騎兵を仲間に加え、目的地である奥州に到着しました。 高丸の棲む城は、背後は岩壁、前面は海になっていて、左右は鉄石で堅く守られており、ガードが固すぎて手も足も出ません。 困った田村丸が騎兵に相談すると、騎兵は自分に策があると言って単騎で敵城に向かいました。 騎兵は馬に乗ったまま海の上を進んだかと思うと、5騎に分身しました。 さらに、どこからか黄色の衣を着た者が20人も現れ、手に的を掲げて海上のあちらこちらに散らばります。 5騎の騎兵は弓矢でこれらの的を射落としはじめました。 この不思議な光景に、田村丸はもちろん、高丸の軍勢も大騒ぎで見物をはじめます。 用心深い高丸は最初は見に来ませんでしたが、まずは鉄の門まで姿を現し、やがてもっとよく見ようと門から頭を出しました。 騎兵はこのチャンスを逃しませんでした。 先端が二股になっている特殊な鏑矢を射かけると、矢は高丸の両眼に突き刺さり、高丸は真っ逆さまに海に落ちてしまいます。 そこを黄色い衣を着た者たちが取り囲み、首を取ってしまいました。 悪路王(高丸)はこうして討ち取られてしまったのです。 *八面大王* ・別名:魏石鬼 ・ゆかりのある場所:有明山(長野県) ・特徴:神通力で天候操作・変身・弓矢を無効化できる。 血液には病毒が含まれている。 「 八面大王 ( はちめんだいおう )」は神通力が使える強力な鬼で、配下の鬼たちとともに長野県・有明山の山麓に棲んでいます。 悪路王と同様に周囲の村から穀物や財宝を盗んだり、女性をさらったり、神社仏閣を破壊したりと悪さの限りを尽くしていました。 そこで派遣されたのが坂上田村麻呂です。 しかし八面大王は討伐隊が来るのを事前に察知すると、神通力を使って自分に弓矢が当たらないようにしました。 困った田村麻呂がいったん退却して水沢観音に祈ると、「13節ある山鳥の尾で弓矢を作れば、一矢目で闇が晴れ、二矢目で悪鬼が退散し、三矢目で眷属も滅ぶだろう」というお告げを得ます。 さらに、有明山の麓に住む弥助という若者から山鳥の尾で作った矢を手に入れることができました。 田村麻呂が山鳥の矢を放ったところ、一矢目で八面大王は天候操作の力を失ってしまいます。 さらに二矢目で神通力のバリアが解け、八面大王は胸に矢を受け退治されてしまいました。 さらに三矢目で手下の鬼たちも退散したということです。 復活してしまうのを阻止するため、厳重に管理されているというのです。 どうしてそんなことになったのか、大嶽丸が討伐された顛末をお話しましょう。 *大嶽丸* ・ゆかりのある場所:鈴鹿山(三重県)、霧山(青森県)、平等院(京都) ・容姿:身長が10丈もある。 らんらんと輝く眼をし、天地が響くほどの大声が出る。 ・特徴:天候操作、変身ができる。 3本の宝剣に護られており蘇生も可能。 大嶽丸は伊勢国(三重県)の鈴鹿山に棲み、旅人を襲ったり朝廷への貢ぎ物を略奪したりしていました。 そこで征夷大将軍・ 藤原俊宗 ( ふじわらのとしむね )に大嶽丸を討伐せよという勅命が下ります。 藤原俊宗は坂上田村麻呂をモデルにしたといわれる人物です。 俊宗はさっそく3万もの大軍を率いて鈴鹿山に向かいますが、大嶽丸の天候操作の力で落雷や暴風に遭い、鬼のもとまでたどり着くことができません。 困り果てて諸天に祈りを捧げると、鈴鹿御前という美しい天女の力を借りることができました。 鈴鹿御前は大嶽丸が自分に惚れていることを利用し、鬼を護る3本の宝剣を奪おうと計画します。 求愛に訪れた大嶽丸に、誘いを受け入れる代わりに宝剣を貸してほしいという歌を返したのです。 こうして鈴鹿御前は鬼を護る宝剣のうち2本を奪うことに成功します。 残る1本は大嶽丸の叔父が天竺に持って行ってしまっていました。 とはいえ、宝剣を失った大嶽丸を護るものはありません。 俊宗は大嶽丸に襲いかかると、激闘の末に神通の鏑矢で鬼の頭を射抜き、その首を刎ねてしまいました。 めでたしめでたし……というところですが、話はこれで終わりません。 叔父が持ち去っていたという宝剣の力で大嶽丸が蘇生してしまったのです。 大嶽丸は今度は陸奥(青森県)の霧山に城を築きます。 再び討伐の勅命を受けた俊宗は鈴鹿御前とともに霧山に向かいましたが、今度は大軍を率いて正面から挑むことはせず、留守の隙を狙って城に忍び込むことにしました。

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リアル『鬼滅の刃』? 鬼VS人間! 日本の有名な鬼が討伐される物語3選

大嶽丸

概要 [ ] 御伽草子に登場する立烏帽子は 大通連・ 小通連・ 顕明連の3振りの剣を携えて登場し、この総称が「三明の剣」である。 その名称は仏教用語のに由来するものと考えられている。 これら3振りの剣は(もしくは)が日本を魔道に落とそうと考え、天竺摩訶陀国で使いのに与えたと伝える名剣で、1振りすれば1000人の首を、2振りすれば2000人の首を切り落とす。 『』など立烏帽子が登場する物語後半はのを用いて展開され、立烏帽子はにすぐれたやに赴いたたちの幻影の上に成立している。 斎王たちの幻想を携えて御伽草子に登場した立烏帽子が三明の剣を持つとされた背景には『』をはじめ中世に流布された第六天の魔王譚()の影響がうかがえる。 『田村の草子』の他にも『』での 大とう連の剣・ 剣明連のとして同系統の名称がうかがえる。 御伽草子 [ ] 後半頃に成立した『』巻32「直冬上洛事付鬼丸事鬼切事」ではの伝来について、の鍛冶・が鍛えて・田村麻呂に奉納し、田村麻呂は鈴鹿山で鈴鹿御前との剣合わせに使用したが、伊勢神宮に参拝した際により夢の中で所望するお告を受けたため奉納したとある。 この『太平記』での記述は、のちにのを書いた絵巻や絵詞などの諸本にもが酒呑童子を斬った太刀()の伝来として引用されたように、御伽草子『()』でもと鈴鹿御前が剣合わせをする場面にも影響を与えた。 しかし『太平記』の時点では鈴鹿御前が持つとされる剣の名前までは登場していない。 中期から後期にかけて『』を元にした御伽草子『鈴鹿の草子(田村の草子)』などが成立した。 『太平記』での剣合わせの場面が引用され、鈴鹿御前の持つとされる剣の名前が田村語りに登場したと考えられるのはこの頃となる。 『鈴鹿の草子(田村の草子)』の諸本は、鈴鹿御前と田村丸俊宗が戦いを経て婚姻し共に鬼退治をする「鈴鹿系」という古写本の系統と、田村丸俊宗の元にの鈴鹿御前が天下って婚姻し共に鬼退治をする「田村系」という流布本の系統に分類される。 鈴鹿系と田村系では三明の剣を所有する者の来歴が一部異なる。 鈴鹿系(古写本系) [ ] 古写本の系統に分類される『鈴鹿の草子』や『田村の草子』では、伊勢国鈴鹿山に現れた天の魔焰・立烏帽子(鈴鹿の御前)を討伐するよう宣旨が下った田村丸俊宗将軍は、立烏帽子と剣合わせするも決着がつかず、逆に立烏帽子から自分は女であるがけんみやうれん、大とうれん、小とうれんの3本の剣があるので討たれることはないと言われた。 鈴鹿の御前が25歳で亡くなることを告げる場面では、大とうれんと小とうれんが田村丸俊宗に、けんみやうれんがに渡った。 鈴鹿の御前が飛行自在なのはけんみやうれんを朝日にかざせばを眼の前に見れるからだという。 鈴鹿の御前が亡くなったことを嘆いた田村丸俊宗も亡くなるが、鈴鹿の御前を返せとの智剣(大とうれん、小とうれん)でを相手に狼藉を働いたため、やは非業の死であった田村丸俊宗を生き返らせ、の薬を与えた。 田村系(流布本系) [ ] 流布本の系統に分類される『田村の草子』では、稲瀬五郎坂上俊宗(田村丸俊宗)が鈴鹿山のを鏑矢で射ようとするが天女・鈴鹿御前が制し、この鬼は阿修羅から贈られた大とうれん・小とうれん・けんみょうれんの三本の剣をもっているので無理だという。 三本のうち一本は大嶽丸が天竺に持っていって無かったが、二本の剣を鈴鹿御前が色香で騙してとりあげ、大嶽丸を討伐した。 しかし大嶽丸が黄泉還ってに現れたが、俊宗はけんみょう連を取り上げて大嶽丸を討伐し、首をに納めた。 鬼神を討ち果たしたのち天命を悟った鈴鹿御前は、大とうれん・小とうれんを俊宗に贈り、けんみょうれんを娘の小りんに遺したとある。 奥浄瑠璃版 [ ] 奥浄瑠璃『田村三代記』では、立烏帽子討伐に向かった将軍が先祖代々伝わるを投げると立烏帽子は大通連を投げ返した。 大通連とそはや丸は中空で渡り合い、そはや丸が鳥となると大通連は鷹となって追い出した。 そはや丸が火焔となって吹きかかると大通連は水となってそれを消した。 大通連と小通連は文殊師理菩薩に打たせた通力自在の名剣とされ、顕明連はのの尾より取りし剣で別名を双無き剣とも水海剣ともいう。 朝日に向かって虚空を三度振れば三千大千世界を目の前に見て通すことが出来るという。 立烏帽子が亡くなるときに大通連と小通連はに納めての神事宝剣として日本の宝とすること、剣明剣は娘の正林に贈ることを遺言した。 『田村三代記』の末尾には屋代本『』や『』の「剱の巻」に相当する部分が挿入される。 古態を残す渡辺本『田村三代記』の「つるぎ譚」によると、立烏帽子(鈴鹿御前)の形見として田村に託された大通連・小通連が田村丸に暇乞いをして天に登り、3つの黒金となったものをの小鍛冶に打たせたものが・・の3つの剣であり、は毘沙門堂に納め置いた。 古年刀 である友切丸は八幡殿に申し下ろしての宝となる。 脚注 [ ] [] 注釈 [ ]• , p. 124. 180-184. , p. 201. , pp. 90-91. , p. 200. , p. 209. , p. 210-212. , p. , p. 196-198. , p. 304. , p. 205-207. , pp. 318-319. 参考文献 [ ]• 御伽草子『鈴鹿の草子』• 御伽草子『鈴鹿の物語』• 奥浄瑠璃『田村三代記』• 『東北の田村語り』三弥井書店〈三弥井民俗選書〉、2004年1月21日。 『坂上田村麻呂』吉川弘文館〈人物叢書〉、1986年7月1日、新稿版。 『武士の原像 都大路の暗殺者たち』PHP研究所、2014年3月20日。 『鬼と修験のフォークロア』法政大学出版局〈民俗の発見〉、2007年3月1日。 外部リンク [ ]• 松本幸三郎、明21. 5 関連項目 [ ]• この項目は、に関連した です。 などしてくださる(・)。 この項目は、 に関連した です。 などしてくださる(/)。

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日本三大妖怪 (にほんさんだいようかい)とは【ピクシブ百科事典】

大嶽丸

日本の三大妖怪として知られ、鬼神魔王とまで称された大嶽丸(おおたけまる)。 天女鈴鹿御前に恋したがため武器を奪われ、騙し討ちされ最期を遂げます。 画像出典: 鬼神魔王「大嶽丸」伝説 出典: 大嶽丸(おおたけまる)は、桓武天皇の時代、伊勢と近江の国境にある鈴鹿山一帯を根城としていた 日本で最も強大であるとされた鬼神魔王。 の子供という説もある、白面金毛九尾の狐玉藻前と並んで日本三大妖怪に数えられています。 室町時代に武芸の神として祀られる坂上田村麻呂によって平定されたと伝えられています。 『世阿弥』作とされる能『田村』では、千手観音によって、「千の御手ごとに千の矢先が雨霰とふりかかつて鬼神の上に乱れ落ち、鬼神はことごとく矢先にかつて討たれた」とあります。 その後、田村麻呂の大嶽丸討伐を題材とする、『鈴鹿の草子』や『田村の草子』ができあがったとされています。 『田村の草子』の「大嶽丸」討伐 出典: 桓武天皇の時代、伊勢の国鈴鹿山に峠を往来する民を襲う大嶽丸という鬼神が出現し、非道の限りを尽くします。 当時の帝の命により、坂上田村麻呂が大嶽丸討伐のために三万の軍を率いて鈴鹿山に向かいます。 けれど田村麻呂の軍に対し、大嶽丸は雷鳴を轟かせ、火の雨を降らせて応戦し、討ち取れないまま数年に渡って戦いは続きました。 出典: 同じく 鈴鹿山に天下った鈴鹿御前という天女が住んでいました。 大嶽山は鈴鹿御前に恋い焦がれ、美しい男子に変身し毎夜鈴鹿御前の元に通い詰めますが、 想いは叶わず 業を煮やしていました。 そんなある日 田村麻呂の夢に老人が現れ、鈴鹿御前の存在を告げます。 次の日、 田村麻呂は夢のお告げに従い鈴鹿山の奥深く入るとひとりの美しい女性に出会います。 女性に誘われるままに館を訪れ、契りを交わします。 その女性こそ鈴鹿御前でありました。 鈴鹿御前は田村麻呂が鈴鹿山に出没する鬼神を退治するのを助けるために天下ったのでした。 出典: 鈴鹿御前によると、 大嶽山は阿修羅から贈られた「大通連(大とうれん)」「小通連(小とうれん)」「顕明連(けんみょうれん)」の三振り剣「三明の剣」を所有していて、それがあるうちは大嶽丸は倒せないということでした。 そこでふたりはまず 大嶽丸からその「三明の剣」を奪うための一計を案じます。 その夜、いつものように鈴鹿御前の元に現れた大嶽丸に鈴鹿御前は告げます。 「田村麻呂という武将から命を狙われています。 だから身を守るためにどうぞ貴方の武器を私に貸してください」。 そうして首尾よく 「三明の剣」のうち「大通連(大とうれん)」「小通連(小とうれん)」を奪うことに成功します。 そしてこの時とばかり田村麻呂が現れ大嶽丸との戦いとなりました。 大嶽丸は身の丈十丈の巨大な鬼神となって眼光鋭い眼差しで田村麻呂を睨み、神通力の全てをもって豪雨のように剣・矛を田村麻呂に浴びせます。 対する田村麻呂は千手観音と毘沙門天の加護を得て応戦。 大嶽丸が数千もの鬼に分身すると田村麻呂の一矢は万の矢に分かれ、数千の鬼を射抜きます。 最後に田村麻呂の素早の剣(ソハヤノツルギ)によって大嶽丸を斬首。 大嶽丸の首は都へと運ばれました。 出典: けれど討ち取られた 大嶽丸は天竺へと戻り、三明の剣の「顕明連」の力で再生し、再び鬼神となって陸奥の国に出没することになります。 そして、 田村麻呂と鈴鹿御前は再び討伐のために陸奥へと向かいます。 大 嶽丸は田村麻呂によって二度目の首を落とされ、天へと舞い上がって田村麻呂の兜に食らいつきます。 田村麻呂は兜を重ねて被っていたため難を逃れ、大嶽丸の首は平等院に納められることになります。 現在も三重県・滋賀県の鈴鹿峠一帯には、坂上田村麻呂による大嶽山討伐の足跡が数多く残されています。 現代ではカワイイ系ギャルにもなれる 大嶽丸 出典: 「 戦国プロヴィデンス」では可愛いギャル。 けれど阿修羅王よりその剣技を見込まれた鬼。 「大通連」「小通連」を両手に持ち、「顕名連」を念動力で使いこなす世界でただ一人の三刀流の使い手として登場です。 カードバトルRPG「 陰陽師〜平安妖絵巻〜」では鈴鹿御前にしつこく求婚する鈴鹿山に住む、宝剣を持つイカツイ鬼。 大嶽丸 まとめ 出典: たとえ鬼神でも恋い焦がれた女性に裏切られ、討ち死にするのは残酷なような気もします。 けれど、好きな女に討たれるのなら本望かも。 やはり、巨大な鬼よりも怖いのは「感情」。 自分の「想い」のためには、人も神も怪物も「悪」にも「善」にもなれるんですね。

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