米津 玄 師 海 の 幽霊 歌詞。 米津玄師 海の幽霊 歌詞&動画視聴

海の幽霊

米津 玄 師 海 の 幽霊 歌詞

主題歌担当の件について米津さんは 原作を初めて読んだのは10代の頃だと思うのですが、そのすごさに圧倒されたことを憶えています。 今読み返してもあの時の衝撃は全く古びず、更に新しい発見をもたらしてくれます。 もし映像化されるのであれば歌を作らせてほしいなあなんていうふうに思ってたことが、今日になって実現するというのはなんとも感慨深いです。 原作が持ってるものに負けないよう、それでいてうまく寄り添えるようなものが、果たして自分に作れるのかと、ここ数ヶ月は問答の日々でした。 今は映画館で流れる日を楽しみにしています。 とコメントしています。 なんと、10代の頃のファンだったのです。 映像化するなら歌を作らせて頂きたい 昔からそう思っていた米津さんにとって、今回のタイアップは、願い続けた夢が今になってやっと叶うような、本当に感動的な出来事であったのです。 壮大なスケールで展開される音楽• 普段より力強い歌声 には、こういった思い入れの強さが影響しているのかも知れません。 だからこそ、本楽曲を聴いたリスナーは胸を打たれ涙していく。 そして公開されたMV。 全て「海獣の子供」の本編映像で構成される。 どれだけ映画側が、米津さんの描く「海の幽霊」という主題歌を大切にしているのかが分かります。 贅沢すぎるMVですね、、、 では、楽曲の考察に進んでいきます。 楽曲名「海の幽霊」とは これを解釈するためには 「海獣の子供」 のあらすじに触れる必要があります。 映画の為に書き下ろした楽曲であるため、原作との繋がりも密接なのです。 タイトル解釈に重要なあらすじはこちら。 ハンドボール部に所属する中学生琉花は、トラブルで夏休み早々部活禁止になってしまう。 やさぐれた彼女は、シューズを買うためのお金で東京へ行き、そこで海の生物と交感する力をもつ不思議な少年、海と出会う。 翌日、琉花は父親の勤務する水族館で、海と再び会い、父親に海の面倒を見ることを命じられた。 いなくなった海を探しに浜辺に出た琉花は、海の双子の兄、空とも出会う。 海と比べ軽い性格の空に、琉花は反発しながらも交流を深めていく。 同時期、海には隕石が落ち、世界では「白斑」を持つ魚が光となって消える現象が多発していた。 引用:wikipedia この中に 「海の幽霊」の答えがあります。 そうです。 「白斑」を持つ魚が光となって消える現象 という部分が、正体である可能性が高い。 そして、更に深追い。 あらすじを突き詰めると原作で、 軽い性格の「空」は、入手した隕石を「琉花」に託した後、光となって姿を消してしまいます。 それを彼女は追いかけて行く訳なのですが、 この「空自身」も「海の幽霊」に当てはまるのではないかと考えています。 この楽曲名が歌詞の内容と どう関与しているのでしょうか。 スポンサーリンク 歌詞 開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 染み付いた椅子がひとつ あなたが迷わないように開けておくよ 軋む音をたたいて 何から話せばいいのか わからなくなるかな 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 うだる夏の夕に 梢が船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 離れ離れでも ときめくもの 叫ぼう 今は幸せと 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 星が降る夜に あなたに逢いたい あの時を忘れはしない 大切なこと言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 風薫る 砂浜で また逢いましょう 作詞作曲:米津玄師 歌詞の意味・解釈 1番 開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 染み付いた椅子がひとつ 作詞作曲:米津玄師 この「椅子」にまつわる話は 原作のエピソードを再現しています。 そんな言い伝えが、 原作では描かれていました。 つまり、ここの歌詞で描かれるのは 閉鎖した部屋を開けた瞬間の情景 ということになります。 誰もいなかったはずの部屋には、 ほのかに海の匂いが残っています。 あなたが迷わないように開けておくよ 軋む音をたたいて 何から話せばいいのか わからなくなるかな 作詞作曲:米津玄師 海の匂いが残っていたのは あなた 幽霊 がいたから。 しかし、あなたが迷わないように 部屋を開けて通り道を作ります。 本楽曲の主人公を「琉花」だと仮定すると、あなた 幽霊 は「空」が当てはまる。 必死に空の存在を追いかけていた琉花でしたが、会えていない時間の分だけ、空との距離を感じています。 期待ゆえの不安 やるせない感情が歌詞表現から伝わりますね。 サビ1 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 作詞作曲:米津玄師 「星降る夜=あの夜」は、琉花の回想。 原作でも、星降る夜に皆で集っているシーンがあったように、あなたがいなくなる前の楽しかった日々を思い出しているのです。 「大切さ」や「きらめかしさ」が度を超えて大きいために、言葉では言い表せないのです。 人生の中で誰しもが一度は、 言葉にできないほどの情意を体験したことがあるのではないでしょうか? その気持ちを思い出すと、歌詞の主人公、ひいては琉花の感情に寄り添えるかもしれません。 スポンサーリンク 2番 うだる夏の夕に 梢が船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 作詞作曲:米津玄師 身体ががっくりするほど暑い夏の夕暮れ。 花を散らすには、 美しいものを台無しにする。 という意味がある。 船を見送る情景と、「空」がいなくなった情景を重ね合わせているのかも知れません。 サビでもあったように、 あなたとの思い出は、 言葉に表せないほど大切で美しいもの。 花を散らすと掛け合わせると、過去の体験を忘れて前に進んでいくという誓いのようにも読み解くことができます。 そうやって前を向きながら、 あなたの笑い顔を 「いい思い出」 として処理しようとしている。 瞼が開く という部分からも、目を閉じて失ったものを嘆く ねじれた道 のは終わりにして、目を開けて現実を受け止め、前に進んでいくという誓いが感じ取れます。 ラストサビ 離れ離れでも ときめくもの 叫ぼう 今は幸せと 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 作詞作曲:米津玄師 今は幸せと言い聞かせて前を向く。 なぜなら どんなに距離が離れていたとしても、 相手を想うだけでときめくことが出来るから。 相手を想うだけで、一緒にいたときのような胸の高鳴りを感じることができるのです。 だから距離は問わないのです。 風薫る 砂浜で また会いましょう 作詞作曲:米津玄師 砂浜の中、再会に期待を乗せる。 今は幸せと言い聞かせながらも 再会を願っている姿がみえる。 「また会いましょう」 が、主人公にできる精一杯の前向きな姿勢かつ切望だったのです。 おわりに 楽曲を通して、 想う人を失くす悲しさ と、なによりも いま、近くにいれることの喜び を感じさせられました。 また、私自身ファンの一人として、海を彷彿させるほどスケールが大きく、深く、なおかつ繊細な音楽に感動しました。 毎度毎度、想像を超えてくる米津さんを、当サイトでは今後も応援していきたいと思います。

次の

【女性が歌う】米津玄師『海の幽霊』(フル歌詞付き)【映画「海獣の子供」主題歌 / by Macro Stereo & Elmon】

米津 玄 師 海 の 幽霊 歌詞

Contents• 米津玄師「海の幽霊」歌詞全文 歌手・作詞・作曲:米津玄師 開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 滲みついた椅子がひとつ あなたが迷わないように 空けておくよ 軋む戸を叩いて なにから話せばいいのか わからなくなるかな 星が降る夜にあなたにあえた あの夜を忘れはしない 大切なことは言葉にならない 夏の日に起きた全て 思いがけず光るのは 海の幽霊 茹だる夏の夕に梢が 船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う 声が聞こえる 熱い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 離れ離れてもときめくもの 叫ぼう今は幸せと 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 星が降る夜にあなたにあえた あのときを忘れはしない 大切なことは言葉にならない 夏の日に起きた全て 思いがけず光るのは 海の幽霊 風薫る砂浜で また会いましょう 米津玄師「海の幽霊」の誕生背景 米津玄師さんは、高校を卒業するまでは地元の徳島県で過ごしました。 徳島県の地元は、漁港に近い素朴な土地柄で、触れられる文化は限られていました。 米津玄師さんは、高校を卒業した18歳の時に、地元の徳島県から大阪府という都会に出てきた時に、文化の違いやスケールの大きさの違いに衝撃を受けて、大阪という街であらゆる文化を吸収することに、のめり込むようになります。 その時に、大阪のとある大きな書店で、一冊の漫画に出会い、その漫画の圧倒的な描画のレベルの高さに驚嘆しました。 その漫画こそ、『海の幽霊』が主題歌に起用されたアニメーション映画『海獣の子供』の原作である、五十嵐大介さんの漫画『海獣の子供』だったのです。 米津玄師さんは、一時期、将来は漫画家を目指していたことがありました。 ですが、五十嵐大介さんの絵を見て、自分は生涯を懸けてもこのレベルの絵には到達することが出来ないと、漫画家になることを諦めたのです。 同時に、米津玄師さんにとって、漫画『海獣の子供』は絵だけではなく、ストーリーにも多大な影響を受けました。 18歳、大阪のとある大きな本屋でのこの出会いが、音楽家「米津玄師」が誕生する原点になりました。 『海の幽霊』は、10年前から既に、曲の根底にあるものは姿を現して始まっており、2019年に完成するまでの時を経て、辿り着いた作品なのです。 米津玄師「海の幽霊」のタイトルの意味 私たち人間は、陸と海、どちらの住人だろうかと捉えた時に、『海の幽霊』のタイトルの意味が見えて来ます。 私たち人間は、水中では生きていけません。 陸の上でしか、生き延びていけません。 陸と海、その境目が私たち人間にとって、生と死の境目なのです。 つまり、「陸=生」、「海=死」であるのです。 米津玄師さんにとって、海は、幼い頃に見た「海の生き物の図鑑」で見た、深海に住む大きなダイオウイカが獲物に触手を伸ばしているイメージと、符合しているのです。 そのイメージは強烈で、ずっと、米津玄師さんの胸の内にあります。 ダイオウイカの目は大きく見開き、陸の生き物である私たち人間達のすべてを見透かしているかのような、ギラリとした目をしています。 海には、ダイオウイカを始めとして、得体の知れない生物たちが、陸の住人である私たち人間を、特徴的な大きな目で見つめているのです。 陸が人間の生の象徴ならば、海は死、異形なもののすみか、として象徴されます。 私たち人間にとっての身近な死は、親しい人、愛する人の死です。 『海の幽霊』とは、今はもう生きていない、親しかった愛する人のことなのです。 米津玄師「海の幽霊」のストーリー展開 今はもう、陸には住んでいない、海の住人となってしまった、親しかった愛する人。 その愛する人を迎えるために、波打ち際に置かれた小さな椅子が、ぽつんとただ、波に打たれている。 その小さな椅子を家に持ち帰って、がらんとした、何もない部屋に置いておく。 愛するあなたを、待つために。 待ち続けた、ある夏の夜、愛するあなたが、私のもとへ来てくれた、かすかなサインを感じたのも束の間。 あなたは、私に微笑みながら、船に乗って、再び、海の住人へと帰ってしまう。 海こそ、あなたが本当に居るべき場所だと、私は感じる。 今は、海と陸、別々の住人になってしまった、あなたと私。 あなたが幸せだと言うのなら、私も幸せだと伝えたい。 夏の夜、たった一瞬、あなたを感じた、この瞬間のためだけに、私は陸で生き続けていく、あなたがいなくても。 なぜなら、再び、あなたと私は、海と陸の境目で、会えることを私は知っているから。 米津玄師「海の幽霊」の歌詞の意味・考察 ここまで、ひも解いてきた『海の幽霊』について、歌詞に込められたメッセージを考えてみましょう。 喪失と再生の中で生きるしかない私たち 私たち人間にとって最大の矛盾は、「死ぬことを知っているのに生きていること」です。 死だけが、私たち人間の、確実な未来です。 私たちは、そのことを知っているのに、いたずらに時間を過ごしています。 私ぬことは理解しているのに、感じることが出来ないでいるのです。 愛する人の死でさえ、私たちは、鈍感でいようと、無意識にしてしまうのです。 死ぬということの、本当の意味がわからないまま、私たちは生きて、死んでいきます。 死んだことに、気が付かずに。 無力な私たち人間に出来ることは、ただ、愛する人と再び会えるという、希望を持つことだけです。 私たち人間は、生と死を、延々と続けていくことしか出来ないけれど、誰かを愛したことで、たったひとつの希望を持つことが出来るのです。 米津玄師さんは、私たちに、そのメッセージを投げかけ、生と死、愛する人について、考える手がかりをさがすように、美しいメロディーと共に、『海の幽霊』で伝えてくれているのです。

次の

海の幽霊(米津玄師)歌詞の意味と解釈!映画との関係性は?考察と感想も

米津 玄 師 海 の 幽霊 歌詞

主題歌担当の件について米津さんは 原作を初めて読んだのは10代の頃だと思うのですが、そのすごさに圧倒されたことを憶えています。 今読み返してもあの時の衝撃は全く古びず、更に新しい発見をもたらしてくれます。 もし映像化されるのであれば歌を作らせてほしいなあなんていうふうに思ってたことが、今日になって実現するというのはなんとも感慨深いです。 原作が持ってるものに負けないよう、それでいてうまく寄り添えるようなものが、果たして自分に作れるのかと、ここ数ヶ月は問答の日々でした。 今は映画館で流れる日を楽しみにしています。 とコメントしています。 なんと、10代の頃のファンだったのです。 映像化するなら歌を作らせて頂きたい 昔からそう思っていた米津さんにとって、今回のタイアップは、願い続けた夢が今になってやっと叶うような、本当に感動的な出来事であったのです。 壮大なスケールで展開される音楽• 普段より力強い歌声 には、こういった思い入れの強さが影響しているのかも知れません。 だからこそ、本楽曲を聴いたリスナーは胸を打たれ涙していく。 そして公開されたMV。 全て「海獣の子供」の本編映像で構成される。 どれだけ映画側が、米津さんの描く「海の幽霊」という主題歌を大切にしているのかが分かります。 贅沢すぎるMVですね、、、 では、楽曲の考察に進んでいきます。 楽曲名「海の幽霊」とは これを解釈するためには 「海獣の子供」 のあらすじに触れる必要があります。 映画の為に書き下ろした楽曲であるため、原作との繋がりも密接なのです。 タイトル解釈に重要なあらすじはこちら。 ハンドボール部に所属する中学生琉花は、トラブルで夏休み早々部活禁止になってしまう。 やさぐれた彼女は、シューズを買うためのお金で東京へ行き、そこで海の生物と交感する力をもつ不思議な少年、海と出会う。 翌日、琉花は父親の勤務する水族館で、海と再び会い、父親に海の面倒を見ることを命じられた。 いなくなった海を探しに浜辺に出た琉花は、海の双子の兄、空とも出会う。 海と比べ軽い性格の空に、琉花は反発しながらも交流を深めていく。 同時期、海には隕石が落ち、世界では「白斑」を持つ魚が光となって消える現象が多発していた。 引用:wikipedia この中に 「海の幽霊」の答えがあります。 そうです。 「白斑」を持つ魚が光となって消える現象 という部分が、正体である可能性が高い。 そして、更に深追い。 あらすじを突き詰めると原作で、 軽い性格の「空」は、入手した隕石を「琉花」に託した後、光となって姿を消してしまいます。 それを彼女は追いかけて行く訳なのですが、 この「空自身」も「海の幽霊」に当てはまるのではないかと考えています。 この楽曲名が歌詞の内容と どう関与しているのでしょうか。 スポンサーリンク 歌詞 開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 染み付いた椅子がひとつ あなたが迷わないように開けておくよ 軋む音をたたいて 何から話せばいいのか わからなくなるかな 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 うだる夏の夕に 梢が船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 離れ離れでも ときめくもの 叫ぼう 今は幸せと 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 星が降る夜に あなたに逢いたい あの時を忘れはしない 大切なこと言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 風薫る 砂浜で また逢いましょう 作詞作曲:米津玄師 歌詞の意味・解釈 1番 開け放たれた この部屋には誰もいない 潮風の匂い 染み付いた椅子がひとつ 作詞作曲:米津玄師 この「椅子」にまつわる話は 原作のエピソードを再現しています。 そんな言い伝えが、 原作では描かれていました。 つまり、ここの歌詞で描かれるのは 閉鎖した部屋を開けた瞬間の情景 ということになります。 誰もいなかったはずの部屋には、 ほのかに海の匂いが残っています。 あなたが迷わないように開けておくよ 軋む音をたたいて 何から話せばいいのか わからなくなるかな 作詞作曲:米津玄師 海の匂いが残っていたのは あなた 幽霊 がいたから。 しかし、あなたが迷わないように 部屋を開けて通り道を作ります。 本楽曲の主人公を「琉花」だと仮定すると、あなた 幽霊 は「空」が当てはまる。 必死に空の存在を追いかけていた琉花でしたが、会えていない時間の分だけ、空との距離を感じています。 期待ゆえの不安 やるせない感情が歌詞表現から伝わりますね。 サビ1 星が降る夜に あなたに逢いたい あの夜を忘れはしない 大切なことは 言葉にならない 夏の日々の起きたすべて 思いがけず 光るのは 海の幽霊 作詞作曲:米津玄師 「星降る夜=あの夜」は、琉花の回想。 原作でも、星降る夜に皆で集っているシーンがあったように、あなたがいなくなる前の楽しかった日々を思い出しているのです。 「大切さ」や「きらめかしさ」が度を超えて大きいために、言葉では言い表せないのです。 人生の中で誰しもが一度は、 言葉にできないほどの情意を体験したことがあるのではないでしょうか? その気持ちを思い出すと、歌詞の主人公、ひいては琉花の感情に寄り添えるかもしれません。 スポンサーリンク 2番 うだる夏の夕に 梢が船を見送る いくつかの歌を囁く 花を散らして あなたがどこかで笑う声が聞こえる 暑い頬の手触り ねじれた道を進んだら その瞼が開く 作詞作曲:米津玄師 身体ががっくりするほど暑い夏の夕暮れ。 花を散らすには、 美しいものを台無しにする。 という意味がある。 船を見送る情景と、「空」がいなくなった情景を重ね合わせているのかも知れません。 サビでもあったように、 あなたとの思い出は、 言葉に表せないほど大切で美しいもの。 花を散らすと掛け合わせると、過去の体験を忘れて前に進んでいくという誓いのようにも読み解くことができます。 そうやって前を向きながら、 あなたの笑い顔を 「いい思い出」 として処理しようとしている。 瞼が開く という部分からも、目を閉じて失ったものを嘆く ねじれた道 のは終わりにして、目を開けて現実を受け止め、前に進んでいくという誓いが感じ取れます。 ラストサビ 離れ離れでも ときめくもの 叫ぼう 今は幸せと 大切なことは言葉にならない 跳ねる光に溶かして 作詞作曲:米津玄師 今は幸せと言い聞かせて前を向く。 なぜなら どんなに距離が離れていたとしても、 相手を想うだけでときめくことが出来るから。 相手を想うだけで、一緒にいたときのような胸の高鳴りを感じることができるのです。 だから距離は問わないのです。 風薫る 砂浜で また会いましょう 作詞作曲:米津玄師 砂浜の中、再会に期待を乗せる。 今は幸せと言い聞かせながらも 再会を願っている姿がみえる。 「また会いましょう」 が、主人公にできる精一杯の前向きな姿勢かつ切望だったのです。 おわりに 楽曲を通して、 想う人を失くす悲しさ と、なによりも いま、近くにいれることの喜び を感じさせられました。 また、私自身ファンの一人として、海を彷彿させるほどスケールが大きく、深く、なおかつ繊細な音楽に感動しました。 毎度毎度、想像を超えてくる米津さんを、当サイトでは今後も応援していきたいと思います。

次の